brusquée













静かなBGMが流れているはずなのに、全然聞こえない。

さっきからカウンターの隣の席で喧しく騒いでいる錦山が、忙しなく煙草を吸っている。

なまえはまだ冷たく、グラスに汗もかいていない水割りをがぶりと飲んで

コースターの上にどんと置いた。



「おかわり。」

「なまえちゃん。さっきから言ってるけど、流石に飲み過ぎよ。」



麗奈に窘められてなまえはグラスをちらりと見遣ったけれど、結局また手に取って

お代わりを催促するように麗奈に突き出した。



「麗奈ママ、やっぱ無理。全然酔わない。」

「もう、しょうがない子ね。」



苦笑いをしながら麗奈がなまえのボトルを手に取った。

カウンターに置かれたウィスキーのボトルにかけられたネームプレートは、今夜だけで2枚増えている。

あてに出された乾き物を口に放りこみながら、麗奈がわざとゆっくり水割りを作る手元を

なまえはぼうっと眺めていた。



「男に振られて自棄酒たァ情けねぇなぁ。」



なまえの隣に座る桐生の向こうから、錦山が揶揄いの声を投げて来た。

意地悪く口元を歪める、何故この男がモテるのかはわからない。



「振られてない。」



この所会社に出入りする業者の男が気になっていた。

爽やかそうな、スーツの良く似合う好青年だと思っていたし同僚とも『ちょっとカッコイイよね』なんて話で盛り上がったりしていた。

それが今日の昼過ぎ、何かの商談でいつも通りやって来た彼は帰りしななまえを認めると

わざわざデスク脇までやって来て、恋人が出来たことを教えてくれた。



「『ちょっと遅かったですね』とか、何様のつもりって感じよね。」



麗奈がグラスを手渡しながら、なまえの話のオチを代弁してくれた。

錦山はさも面白そうにケタケタと腹を抱えて笑っている。

他人の不幸は蜜の味がするのだろう。



「ほんっと腹立つ。もう、嫌んなる。」



彼に腹が立つというより、男を見る目がなかった自分に腹が立っていた。

好意を持っている人から一気に嫌いな男に格下げされた彼を忘れようと、なまえはまたグラスを傾ける。

新しい水割りは、濃く作ってと何度もしつこく伝えたはずなのに

ほんの少し薄目になっていた。



「お似合いじゃねぇか、クズ男と呑んだくれ女。」

「煩い。死ね。」

「あぁ、もう、錦山くんも煽らないの。」



眼尻に涙を溜める程爆笑しながら錦山が茶化す。

本気でイライラして、なまえが麗奈の作ってくれたばかりの水割りをまた一気飲みすると

慌てた麗奈が困った様子で窘めた。



「桐生ちゃんからも、ホラ、なんとか言ってやって。」



それまで桐生を挟んでやり取りされていた内容を、聞いているのかいないのか分かりかねる顔で

静かに煙草を蒸かしていた桐生を麗奈が名指しする。

一瞬ぴくりと眉を上げた桐生は、隣でべそべそと水割りを舐めているなまえを見やると

数秒後にはフッと鼻で笑った。



「あんまり感心しねぇな、女が酔い潰れるのは。」



今日はもう、踏んだり蹴ったりだ。

ちょっと気に入っていた男は嫌な奴だったと判明するし、自分の男運の無さは明るみに出るし

麗奈ママに思いっきり愚痴ろうとセレナに着いたら、喧しい筋者の常連客は居るし。

ハイハイと不機嫌な相槌を桐生に返して、なまえは水割りのお代わりを催促した。

すっかり呆れ返って諦めたような顔の麗奈が肩を窄めてグラスを受け取ると

煙草のフィルターから口を離した桐生が、あぁ、でも、と徐に口を開いた。



「酔い潰れる美人ってのも、案外オツなモンだ。」



カウンターに置いた肘に埋めた顔から、上目で桐生を見返す。

たぶん無自覚な、その色っぽい目つきを直視することが出来なくて目を逸らす。

うるさい、と幼稚な暴言を吐いたなまえに、麗奈が可笑しそうに笑いながら水割りを渡した。










反則ヘシー






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