サニーサイドロディー












日差しが暖かく、時折吹く風は爽やかでとても気持ちが良い。

木漏れ日が床に反射してそよそよと揺れるのを、視界の端で捉えながら

少し活字を追っては目を閉じて、椅子の上で仰向けに伸びをする。

海を渡る波の音が聞こえる気もするし、鳥の囀りが聞こえる気もする。

なまえの膝の上にある本の内容は壮大なSFだった気もするし、

遠い日の偉人の遺した武勇伝の一端だった気もする。

今、隣でコロリと氷が溶けたのはアイスコーヒーだったか炭酸水だったか。

閉じた瞼の裏に暖かい日差しの気配を感じながら、ゆったりと息を吐いた。



ずっと都会で暮らしてきたものだから、こんな所へ来ては暇で仕方なかろうと思ったけれど

これから長くなるであろう待ち人をするのにはとても良い場所だった。

パチパチと薪の燃える暖炉の側でも良い、隣に金色の毛の長い大型犬が居ても良い。

仕事や雑務に追われながら生きていた頃には、まさか自分が読書を好むなんて知らなかった。

病に倒れた病室での日々も、やっぱり本なんかとは無縁だったから

こうしてただ麗らかな昼のテラスで本を繙く日々は、とても非現実的で

そしてやっぱり現実じゃなかった。



「―---早くない?」



瞼を閉じたまま仰向けになっていた額に、覗き込む影が小さくキスをした。

ゆっくりと目を開くと、ずっと待っていた男が苦笑いで覗きこんで居た。

せっかく爽やかに誂えた空間が台無しになるようなド派手なスーツと金髪と強面で

口を横に大きく広げる、懐かしい笑い方だった。



「もうちょい、可愛らしいこと言わんかい。」



日差しが斜めに差し込む、龍司はなまえの額から顔を離すと

何も言わずに机を挟んでなまえの隣に腰掛けた。

本と、煙草と、冷たいアイスコーヒーがあったはずの机の上に

いつの間にか龍司の好んだ熱くて濃いホットコーヒーが置いてあった。



「もっとかかるかと思ってた。」



椅子から零れ、デッキの柵にひっかけていた足を畳みながらなまえが腰を掛け直すと

大きな椅子にどっかりと座った龍司が煙草を点けた。

随分懐かしい匂いに嬉しいやら、悲しいやら。



「あんま待たせるんも悪いなァ思てん。」



満足げに笑うその横顔は、予想していたより随分若く

まだここへ来るべき時ではなかったはずだと思わせた。

考えてみれば、龍司とこんな長閑な場所で会うなんて初めてだった。



「どれ位経ったの、あれから。」

「そんな経ってへん。2、3年か。」



なまえが死んだのは冬だった。

個室の病室には大きな窓があって、最期の方はもう外へ出ることも出来なかったけれど

暖房の利いた室内に結露するのが、冬が来て居ることを知る唯一の手立てだった。

龍司はたまに見舞いにやって来ては何気ない話をして、看護師達に変な目で見られながら

大袈裟な車に乗って帰って行った。



「やっぱ早くない?」



自分が死んだらきっと地獄に行くのだと思っていた。

別に悪いこともしていないけれど、神様の覚えがめでたくなるほど善人でもなかった。

消去法的に天国へは行けないだろうなぁと思って居たけれど

いざ死んでみると、こんな天気の良い爽やかなデッキに居て

ここで龍司を待つのだと、なんとなくわかった。

病状が悪化してから碌に会話もできなかったけれど

もし冗談が言えるくらいだったらきっと、先に逝って待っていると笑っただろう。



「長生きする男に見えたんか。」

「全然。」



顔を見合わせないまま笑い、また静かになった。

サァサァと耳元の髪を撫でる風が、遠くの木の葉を揺らしているのを見ていた。



「せや、めっちゃ凄いことあってん。」

「何。」



肘をついて居た顎を龍司に向けて先を促してやる。

めっちゃビビってんけどな、と前置きをする龍司の含み笑いを見遣りながら

こうして彼の話を、病室以外で最後に聞いたのはいつだっただろうと思った。



「妹居ってん。種違いやけど。」

「嘘。」



なまえが驚いて目を丸くすると、その表情に大層満足げな笑顔を浮かべて

龍司がケタケタと笑った。

美人だったかと問うと、少し悩んだ後大袈裟に首を振った。

その横顔は、兄らしかった。



「急いで死ななくても良かったのに。」



頬杖をついたままなまえが問うと、一瞬龍司が遠い目をして煙草を吸い切った。

うめき声のような相槌のような声を漏らしながら灰皿に煙草を擦りつけて

こっちの台詞や、と呟いた。



「どうして死んだの。」

「喧嘩や、喧嘩。」



なまえが生きて居た時から、そしてなまえと知りあう前から

龍司はよく喧嘩をする男だった。

彼の生まれて来た環境からすれば当たり前のことだったし、心配した事もなかったけれど

意外にサッパリした顔で負けを認める彼からは、純粋な悔しさだけが感じられた。

きっと彼を倒した男は、卑怯とか卑劣とか、そんなものとはかけ離れたところに居るのだと

当時既に他界していたなまえにも、よくわかった。



「龍司らしい。」

「せやろ。」



龍司が鼻で笑うと、再び風が通り抜けていく。

ここが天国なのか、地獄なのかはよくわからない。

いつまでこんな状態が続くのか、生まれ変わるのか、哲学的なことも何ひとつ知らない。

テーブルの端に何気なく置かれている、煙草を吸い終えた龍司の手持無沙汰な手の上に

なまえは前を向いたまま、そっと手を重ねた。










サニーサイドでけてくる






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