M及びPのィストリビューション







昨今やたら晴れの日が多かったものだから

お天道様の有難味をすっかり忘れてしまっていた。

出かけようと思ったけれど、傘はどこかに置いてきてしまった。

記憶を辿ったけれど、前に傘をさしたのはいつだったか思い出せない。

別に、問題はない。



マンションの外へ出ると往来を行き交う人々は皆思い思いに足を運んでいた。

帰路なのだろうか、何処かへ行くのだろうか。

ふと注視すれば傘をさしていない人等ひとりもいなかった。

急拵えにコンビニで購入したのだろう、透明で無粋なビニール傘をさしたサラリーマンが

億劫そうに下を向いて歩くのとすれ違った。

ちらりと彼の目線がなまえを舐めるように見つめながら、駅へ吸いこまれていった。

10分も歩けば随分ずぶ濡れになってしまった。

目的のマンションは大通りからいくつか筋を入った所に、似たような建物に紛れながら建っていて

エントランスには人ひとり見当たらなかった。

滑りこむようにエレベーターに乗りこみ、目的階のボタンを押してしばらく待つ。

濡れて額に貼りついた前髪を掻き上げると、指の間までぐっしょりと濡れた。

エレベーターを降りて左から4つ目の部屋。

インターホンが鳴らないのは知っている。

強いノックを3つして、鍵が開くのを待つ間に

なまえはもう一度髪を掻き上げた。



「…ずぶ濡れじゃねぇか。」



スーツのジャケットを脱いだ姿のままの佐川が、細く開いたドアの隙間から投げかけた。

ネクタイを外した襟元はとても緩められていた。



「とても寒いの。」



なまえが事も無げに告げると、一度閉じられた扉の向こうでチェーンを外す音がした。

すぐにもう一度開いた部屋の奥からは、佐川の煙草の匂いがした。



「タオル持ってくるまで動くな。」



とりあえず玄関先に上がってみると、髪の先やシャツの袖からぽたぽたと滴が零れ落ちた。

黒いパンプスの中はぐっちょりと湿って、軽く動かせば水泡の嫌な音がした。

佐川が投げて寄越したタオルで全身を軽く拭くと、上がれとジェスチャーで示されて

タオルを肩にひっかけたまま、なまえは佐川について部屋へ滑りこんだ。



「風邪引くぞ。」



リビングは外に比べれば随分暖かいように感じた。

味も素っ気もない佐川の部屋は無駄に広いけれど、家具や生活雑貨は見当たらない。

転居してきたばかりにも見えるし、これから転居する直前のようにも見えた。

彼はいつでも身軽だった。



「うん。」



ソファに腰掛けた佐川の前に、膝を抱えて座るなまえは

頭をごしごしとタオルで擦られている。

随分湿気てしまったタオルに吸水力はもうほとんど残されて居ないような気がしたけれど

止めて欲しくはなかった。



「電話くらい、出来んだろう。」

「うん。」



佐川の指先の体温がタオル越しに伝わるのに合わせて、首が小さく傾いた。

電話を寄越したら迎えに来てくれたというのだろうか。

それとも逃げる隙を与えなかったことを責めているのだろうか。

問い詰める気もさらさらなくて、なまえはされるがままに瞼を閉じた。



「わざわざこんな、雨ん中。」

「うん。」



うら寂しい平日の雨の夜に、恋人に会いに行くという奇行を

佐川は責め立てる言葉を最後まで続けなかった。

それが呆れられているのか、許されているのかはわからないし、どうでもいい。

ただ会えたということだけに達成感を感じていた。



「わざわざずぶ濡れで。」

「うん。」



髪を拭いていた手がふと止まる。

すっかり乾いた頭からタオルが滑り落ちると、急に聴覚が敏感になって

外の雨が窓ガラスを叩く音が大きく聞こえた。

肩越しに振り返ると、佐川が呆れたような薄ら笑いを貼りつけた目と目が合った。

その奥に、ちらちら男の性が見え隠れする。

わざわざこんな雨の中、傘もささずに白いシャツを着てきた訳は。

佐川の視線が肩から肩甲骨へ、透けた黒い下着のラインを辿って下へ降りていく。

ゆっくりとその視線が腰のラインを舐めるのを満足げに見つめたまま

なまえの肩越しの唇がゆっくりと歪んだ。



「わざとよ。」















本当は如何でも、何で善いの


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