ありけの











薄明りの中で目が醒めると、暑くも寒くもない室温は少しばかり湿り気がして

ついさっきまで汗ばんでいたはずの肌はすっかり乾いてさらりとシーツを零した。

ベッドのスプリングの軋む音は先ほどのように甘い響きは少しもなくて

なんだか素っ気なく、冷たいように思えた。



「起こしたか。」

「ううん、平気。」



なまえの髪を梳く指はもう夜の匂いを微塵も残していない。

何かに追われるように生きている、錦山は忙しない男だった。



「もう少し寝てろよ、まだ早い。」



下着姿の錦山はなまえの肩にシーツを掛け直すと、するりとベッドを抜け出した。

脱ぎ棄てたままになっていたスーツを片っ端から身に着ける、彼は来た時と同じ服装なのに

すっかり別人のように背筋を伸ばして居た。



「出掛けるの。」

「あぁ。行くとこ、あるから。」



見慣れた鯉がするりとシャツに隠される、彼はシャツの下に下着を着ない。

覚醒した人間が側にいると、不思議と目が醒めるものだ。

朝も早いというのになまえの頭はすっかり冴えて、手近にあった錦山の置いていったシャツを羽織ると

前も閉めずにベッドから抜け出した。



「…煙草くらい、吸って行ったら。」



錦山となんとなく懇ろになってから新調したものは灰皿だけだった。

お互いの生活に深入りをしない、たまに会って抱きあって、それで終わる関係でも

煙草の量は2倍になった。



「いや、やめとく。」



慣れた様子で鏡を見ながら、ネクタイを結ぶ錦山の背中に投げる言葉は見つからなかった。

どこへ行くのか、問うことさえ許さないような静かな圧力が背中から漂っていた。

優し気でありながら容易には踏み込めない領域を芯に持っている、そんな男だった。



「そう。」

「あぁ。」



短い応答の後、なまえが再度ベッドに腰掛けるスプリングの音が止むと

部屋の中はしぃんと静まり返った。

何か言わなければとも思ったし、きちんと身支度を整えられた背中は何か言葉を欲していたけれど

結局何も伝えられないまま、時計の針がひとつ動いた。



「…まだ、暗いわ。」

「あぁ。」

「それに、寒い。」

「あぁ。」



受け流すような返答の他に、錦山は口を開かなかった。

きゅっと閉じられた唇が先程までなまえの背中を這っていたとは信じ難い。

引き留めなさいと、なまえの中の女が叫ぶ。

行かせなさいと、なまえの中の自尊心が叫ぶ。

ぼぅっと見つめて居ると、鏡越しの彼と目が合った。



「なぁ。」

「うん。」



それきり閉ざされた口は、以降二度と開くことはなかった。

今思えば、彼は何を伝えたかったのか訊いてやるべきだったのだ。

そして遺された、いや、錦山の遺した者たちにその言葉を伝えるべきだったのだ。

寒い冬の朝は、そうしてひとり目を醒ますのが嫌で堪らない。









ばかり憂きものは







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