ジャ








ビールを呑むには少し寒すぎるにも関わらず

先程から度数の高いウィスキーを舐めるように呑んでいる。

静かなバーのBGMは注意深く耳を傾けると英語では無くて

独特の柔らかい発音に、ハンガリーのものだと気づいた時には随分夜が更けていた。



「潰れねぇのな、なまえ。」



隣で自嘲しながら同じくウィスキーグラスを傾ける佐川もだいぶ深酒をしていた。

何度目かのお代わりをしあった2件目、客はほとんど居なかった。

それもそうだろう、こんな時間になってしまっては

デートの結論は出ているも同然なのだから。



「そうでもないわ。」



ちびり、と口を付けたグラスの淵は暖房の風に生ぬるく絆されている。

丸い氷がすっかり汗をかいている、なまえの指先も温まって来ていた。



「いや、強いよ。そこいらの呑み屋のネェちゃんより。」



そう言って佐川の指先がグラスを軽く弄ぶ。

腹は満たした、酔いも回った、夜も更けた。

そろそろベッドへ行くべき手順を総て踏んだ上で、この男と寝てはならぬと

僅かな理性がアルコールでぐらついている。

その危うい大脳新皮質の端っこに、辛うじてピンヒールの踵だけ引っかかっているような

そんな状況だった。



「褒められてるの?」



ここが薄暗いバーで良かった。

佐川の言う通り、酒には強い方とは言えきっとこれだけ深酒をしたのだ

頬や耳が紅くなっているのが、見つからなくて済む。



「俺がお前を貶したこと、あるかよ。」



大袈裟に優しそうな口振りで笑顔を向ける、佐川の腹の中等誰にもわからない。

きっと視る人が視れば背中には大勢の恨み辛みが圧し掛かっているのだろうけれど

彼は飄々と、まるで全てのことは当事者ではないと言いたげな顔で

快楽と利益と矜持だけを求めて生きている。



「いつもよ。」



グラスの右側に置いた煙草に手を伸ばす。

2本溜まったら換えられる、ガラスの灰皿は常に綺麗で片付いているけれど

きっと入店時からそのままにしていたのなら、1箱分の吸殻が溜まっていたことだろう。

軽く吸って吐き出して、せめてもの抵抗を見せてみると

佐川が笑いながら溜息を吐いた。



「強情な奴だねェ。」



いよいよその手も使えなくなって来ているのは明白。

ボックスの中で転がる煙草はあと1本。

寝たくない訳ではないけれど、お互い口火を切るのが厄介で癪に触るだけだ。

プライドの高い男と女が一緒になると、くだらないことで苦労する。



「そろそろ、腹ァ決めろよ。」



ぐっと佐川の声が低くなって、スツールの上で上半身をこちらに寄せてきたのが分かる。

目を見ないようにしていた横顔を曝け出しながら、じっくり見られている緊張が

熱くなっているであろう耳の形を、まざまざと脳に思い出させた。



「素直になれねぇなまえチャンの為に、一肌脱いでやるよ。」



途端におちゃらけた口調になって、佐川がテーブルの上のZIPPOを手にした。

彼のZIPPOは、なまえのよりも随分使いこまれている雰囲気がしていた。

それを指でつまんで、なまえの鼻先でちらつかせながら

満足そうに足を組み直した。



「点くか、点かないか。」



ZIPPOの向こうで佐川の口がにやりと歪んだ。

手頃なコインも目の前にない、解り易い2択を提案しておきながら

チラリと開いたリッドの奥が見えないようになっている。

狡賢い男だと改めて思った。



「選択権を与えられるなんて。」



煙草を指に挟んだまま頬杖をついて、ZIPPO越しに佐川の目を見つめた。

白熱灯の小さな明かりを反射する瞳孔は黒く、意図は掴めないけれど

明るい所でまみえたって、佐川の真意なんぞ図れはしない。



「選べよ。」



子供なら、じゃんけんなのだろう。

外国人ならもしかしたらコインを投げるか、ダーツでもするのだろうか。

プライドと酔いが邪魔をする、なまえと佐川のような二人には

シンプルにして細工の為所が山程散らばっている、こんな賭けが似合いなのかも知れない。

こちらから巧妙にウィックやカムの状態を確認出来ない様にしながら

佐川が親指と人差し指でちらちらとリッドを弄っている佐川の目を見つめたまま

なまえが選択肢を呟いた。














何方にせ





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