どうしてみんな別れ間際にれいな嘘をつくのでしょう






ベッドにはすでに高くなった陽が痛々しいくらいに差し込んでいて

日中ずっと留守にしているせいか、東向の部屋にしていたことを今更ながら思い出す。

上司に『腹痛の為有給を使いたい』と弱々しい演技をしてから放置していた携帯が

枕元で静かに行き倒れていた。



昨日、西谷と別れた。

いつから付き合っていたのか知らないが、たぶん恋人だった。

高級なディナーも一緒に食べたし、男女の付き合いもあったし、プレゼントだって貰ったことも贈ったこともある。

夜のお店に行っていることは知っていたけど、恋人的ポジションはなまえだけだと言ってくれたこともあった。

なまえの手料理を美味いと言いながら食べてくれたこともあったし

週に何日かはなまえの部屋へ訪れては、キッチンに隠したつもりのアルコールを

ごく当たり前のような顔で見つけて呑んでいた。



「…顔洗お。」



昨日は、失恋ムードそのままに、なんとなく海へ向かった。

飲酒後だった為に運転できず、仕方なく横須賀線で鎌倉へ。

貰った高級な腕時計やアクセサリーは、砂浜に掘っためちゃくちゃ深い穴に埋めてきた。

ボロボロと泣きながら砂浜を掘っていると、ウミガメの産卵を思い出して少し笑えた。

なんとなく泣いて、終電までには家にたどり着くと

そのまま玄関から順番に服を脱ぎ捨て、ベッドに倒れこんで朝を迎えた。



洗面所で冷たい水をザバザバと浴びると、なまえのものではない歯ブラシが目に付いて

今度は泣きたくなる代わりに、無償に腹が立ってきた。

3年も人の時間を奪っておきながら、ある日突然サヨナラとはいかがなものかしら。

こっちから訊けるわけない、別れの理由も言わないままなんて

相変わらずズルくて卑怯な男だ。



「あのアホ。アホ西谷。」



可燃ゴミの袋をキッチンの引き出しから取り出し、思い出の品を片端から捨てる。

箸、香水、男性用カミソリ、なまえの機種とは違う携帯の充電器、ワイングラス、

ZIPPOのライター、避妊具、古い映画のDVD、ワイシャツ、まだ西谷の匂いのするタオル。

全部一緒にゴミ袋に入れて、すっぴんのままマンションのゴミ捨て場に投げ込んだ。

収集日でもないのにゴメンと心の中でだけ謝って背を向けると、少しすっきりした。



付き合っている時から、ずっとべったり一緒だったわけじゃない。

たまに連絡が来て、デートしたりして、いつの間にかいなくなっていた。

クリスマスやバレンタインも3回迎えたが、会ったり会わなかったりだった。

同僚がクリスマスプレゼントを嬉々として選び、エステを予約している横でも

涼しい顔で『当日は一人です。』と言って退けることもできたのに

やたら涙も怒りも寂しさも湧いてくるのは、夏が過ぎて秋が来てしまったからだろうか。

あんなに世間を苦しめた日差しも最高気温も、何事もなかったかのようにどこかへ行って

手が届きそうだった入道雲は鰯雲になり、とても遠くへ浮かんでいた。



「―――――。」



あの時、タクシーで去って行く西谷の最後の言葉が胸にまとわりつく。

うるさいとか、馬鹿野郎とか言ってやればよかったと

12時間以上経った今になって猛烈に後悔する。



「アホぉ…。」



涙交じりになってしまった声は寝室の壁に吸い込まれていって

防音は結構しっかりしているはずなのに、うるさく感じる車の往来が注ぎ込む。

就職して十数年、慶弔以外で休んだことのない会社を休んだ。

結婚ラッシュも落ち着いたなまえの同級生たちは、子育てに邁進している。

SNSの顔写真のほとんどは子供や家族とどこかへ出かけた写真か、

凝った手料理かスポーツを楽しんでいる写真だ。

西谷と行った高層ビルのレストランから見える夜景を設定しているのはなまえだけ。

確かフレンチか何かで、牛肉に掛けられた赤ワインのソースがやたらザラザラしていたことを覚えている。

なんとなく腹が立ってきたので、手持無沙汰に持っていたアイスコーヒーを撮影すると

SNSの顔写真に設定した。



「余計なお世話ですぅ…」



最後の台詞は、西谷と付き合う前に付き合っていた男と同じだったかも知れない。

言い得て妙というか、まぁ西谷と一緒に居たら望めないことではあったと思うけど

それにしても余計なお世話ではないかしら。









『幸せにれよ』なんて


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