cactus









素性は詳しく知らないが、時折世間知らずが垣間見える。

お勉強は人並みに出来るようだけれど、一般論となるとまるで頓珍漢だったから

彼が東城会の御曹司だと聞いたときは驚きよりも納得の方が勝った。

この歳になるとデートと言えば食事とホテルなんてお決まり過ぎて気づかなかったけれど

ぶらぶらと行く宛もなく街を歩いて、目についた店で一杯呑んだり

テンションが上がってカラオケに行ったり、如何にもつまらなさそうな映画をわざわざ見に行って扱き下ろしたりなんて平凡なデートは

一度もしたことが無いのだと、大吾は寂しそうに呟いた。



「何、そんなことしたいの。」



“デート”は毎回なまえの家で、出かけるとしても精々近場の隠れ家的なバーくらい。

今夜に至っては大吾から連絡が来るなり10分後には、ベッドの上で裸になっていた。

物事は単純な方が良いに決まっている。



「いや、別に。」



上半身に何も身に着けないまま煙草を蒸かす大吾の背中に立派な刺青が刻まれている。

何度目かの情事まではひた隠しにしていた理由は、見たら怯えるだろうからと

一見優し気な、それでいて酷く狡い理由だった。



「学生時代くらい、あったんでしょう。」



裸のままの胸をシーツに巻きこんで、ベッドサイドに腰掛ける大吾の隣で俯せになる。

肘をついて顎を擡げると、ぷかりと大吾が煙を吐いた。



「あったような、なかったような、だな。」

「ふぅん。」



なまえが手を伸ばして自分の煙草を取ろうとすると、すっと1本抜いてくれた。

ついでにライターも取って欲しかったけれど、大吾は気づかぬ様子で煙草を吸っている。

こういう所なのだ、世間を知らないということは。



「言い寄ってくる子とか居なかったの、金持ちの癖に。」



仕方がないので面倒だけれど身体を起こして、大吾の背後からライターを取った。

カチリと音を立てた頃に、すまんと軽く謝られて

なまえは無言で首を横に振った。



「性格悪かったからな。」

「今は悪くない、みたいな言い方。」



冗談めかして言ってみれば、軽く髪を乱された。

それでなくてもあの激しい情事の所為で、如何にも事後らしく乱れていたけれど。



「そういう奴は居なかったな。別にモテなかったよ、俺。」



自嘲気味に笑う大吾が、一度灰を落とした煙草を指で挟んだまま

少し長い髪をくしゃりと掻き上げた。

弧を描く紫煙が間接照明に照らされて、すぅっと消えて行った。



「好きな子も、いなかったの。」



問いながら、自分は如何だったかしらと振り返るけれど

無気力に生きてきた学生時代の記憶なんてほとんどない。

同窓会の誘いもいつの頃からか来なくなっていた。

構わない、別に会いたい友人も居やしない。



「…居なかったな、そういうのも。」



とにかく喧嘩ばかりしていたと学生時代を振り返る大吾を見上げると、少し目を細めて

遠くを見るような顔に年齢を感じた。

年上の彼には、なまえにはわからない時代の懐かしい過去があるようで

ほんの少しだけ寂しく感じる。

紛らわすようになまえはまた煙草を吸いこんだ。



「初恋は?」

「どうかな、したことねぇかもな。」



ふぅん、と呟くなまえにフォローも入れない。

こういう所がモテない原因なんじゃないの、なんて思ったりもしたけれど

別になまえが初めての相手でもなんでもない、なまえも大吾が初めてな訳じゃない。

同じ事を聞かれたら同じように返すだろう。



「初恋は、実らない方が良いって言うじゃない?」

「ん?」



短くなった煙草を大吾が灰皿に押し付けるのを見つめながら、まだまだ長い自分の煙草を弄ぶ。

筋になったり面になったり、毒の煙が美味しそうに立ち上る。



「実るって、どこまでの話なんだろうね。」



恋人になったとしても、別れてしまえばそれは実ったといえるのだろうか。

性行為をしたら実ったのだろうか、結婚しなければ実らないのだろうか。

では離婚してしまったらどうなのだろうか。

取り留めもないどうでも良い問題定義を、律儀な大吾はしばらく考えた。



「…慰めだろ、そんなもん。」



大吾が立ちあがると、ソファのスプリングが小さく音を立てて揺れた。

絶対に泊まっていくことはしない彼からはよく女物の香水の匂いがする。

弁明も謝罪もしない大吾のことを責める気はない。

きっとなまえからも他の男の匂いがすることだろう。



「借りる。」

「ん。」



情事の後に必ずシャワーを浴びる大吾が寝室から出て行くのを見送って、煙草をフィルターギリギリまで吸いこんだ。

細く長く、肺が空っぽになる程紫煙を吐きだして溜息をごまかしながら、

さて最後の恋もやはり実らぬ方が美しいのだろうかと思ったら泣けて来た。







ほんと、ほんとは。











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