免責事








夕方になって青い顔をした女子社員がなまえのデスクに駆け寄って来た。

予定通り処理された書類達をきちんとファイルに綴じて並べて

ついでに明日の段取りと、今週末締め切りの企画書の推敲もやっちゃおうなんて思っていると

狼狽える女子社員から、先方からのクレームを伝えられた。



「…あたし悪くないじゃん。」



会社を出たのは23時だった。

すぐさま先方に電話をして、謝罪に伺う旨を伝える間にメモにペンを走らせて

代替案に必要な資料を、チームの部下達に片っ端から集めさせた。

走って乗りこんだ、謝罪に向かうまでの車の中でも

なんとか許してくれた先方から帰社する途中にも

ミスを取り戻すべく各所に修正指示を出している間にも、ずっと考えていたけれど

どう考えてもなまえのミスじゃない。



「っつーかうちの部署のミスじゃないじゃん。そもそも根底からブレてんじゃん。」

「わぁかったって。ほら、呑め。」



顧客の要望を履き違えている時点でなまえの部署がどうこう出来る話ではなかったのだ。

しれっと出て行った営業部の男の髪は、後頭部が朝より少しへたっていて

日中何をしていたのやら、となまえは怒りを押し留めた。

別に彼を怒鳴ったって、一円の得にもならないのだから。



「はぁー…、ほんっと腹立つわぁ…。」



鼻が赤いのは泣いているからじゃない。

日本酒を2合もいってしまって、随分酔っぱらっているからだ。

寒い冬の空の下から居酒屋に駆け込むなり、ハイペースで熱燗を呷り続けるなまえを

頬杖をついた佐川が呆れたように見つめている。



「何、ミスしたのなまえ。」

「してないっ!」



取引先に謝罪をする言葉を、とても慎重に選んだ。

なまえのミスではないけれど、誰かに擦り付けるような言葉を選ぶのはとても気が引けた。

あのいけ好かない男が悪いのだとしても、とても格好悪いことに思えたから。

責任転嫁を匂わせてしまったら、なまえの格が下がると思ったから。

日本酒をぐいぐい呷りながら蛸の刺身をつまんで、佐川に本日の顛末を簡単に話した。

こんなにぐだぐだと語尾を伸ばして話す姿、会社ではとても見せられない。



「まぁ、なんだ。貧乏くじ引くなんざ、組織で生きてりゃザラにあるだろ。」

「…わかってるわよ。」



拗ねた顔でお猪口を呷れば、ほんの少しだけ残った中身が舌を濡らした。

ん、と空になったお猪口を差し出すと、呆れた顔で笑いながら

佐川が徳利から湯気の立つ日本酒を注いでくれた。



「はぁーあー…やんなっちゃうなぁ。」



狭い居酒屋のカウンター席の、小さな背もたれに反り返ってなまえが宙を仰いだ。

隣で苦笑いする佐川がライターを点火した音がした。



「だらしねぇな、おい。」



にやにやと笑みを浮かべる佐川に、思いっきり顔をしかめて威嚇してみた。

相変わらず楽しそうに笑ったままの佐川を無視して大将にもう1本つけてと頼むと

なまえも煙草を点けた。



「だらしなくならせてよ、たまには。」



大きな大きな溜息は、たっぷりの紫煙と共に店の中へ散って行った。

アルコールで蕩けそうな脳味噌にニコチンは格別に効いた。



「司ちゃん全然呑んでないじゃん。呑んでよ、付きあってよ。」

「わかったわかった、自分でやるから。触んなって。」



全然減らない佐川のお猪口に徳利を傾けようとして、慌てて止められる。

何となく目の焦点が合っていない気もするけれど、とても気持ち良い。

なまえはカウンターの上に組んだ腕の間に顔を埋めて、佐川の顔を見上げた。



「えへへー。」

「お前なぁ…。」



ぼさぼさになってしまった前髪を、邪魔臭そうに後ろへ掻き上げると

少し零れた日本酒をおしぼりで拭いていた佐川が、苦笑いで頭を小突いた。














You’ll never know why I smile.












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