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名を呼びかけられて顔を上げる、雨の土曜日の夕方。

大通りに向けて大きな一枚ガラスで仕切られた喫茶店はとても静かで読書に向いて居た。

なんでもやり過ぎてしまうのがなまえの悪い癖だ。

次回の企画のアイディアの参考に、少し情報収集でもと書店で求めた書籍は5冊を越えて

休日にコーヒーでも淹れながらゆっくり読もうと思ったけれど、とても集中力が持たなかった。

仕方がないので内2冊程を大き目のバッグに入れて喫茶店へ向かい

雨の滴る窓際の席で読みこんでいた、その最中だった。



「待ち合わせでも、してたのか。」

「ううん、ひとりなんです。」



仕草で着席の可否を問う桐生に、向かいの椅子を勧めた。

流れ作業のように注文を取りに来た店員にホットを注文して、深々と椅子に腰掛ける桐生は

少し雨に降られた様子だった。



「邪魔したか。」

「全然。ちょうど飽きて来た所で。」



予報では曇りだった東京で、唐突ともやっぱりともつかない小雨に降られて雨宿り先を探して居た矢先に

たまたま見えた知り合いの席に座ったと言う所か。

ジーンズにパーカーなんてラフ過ぎる格好と、極めつけて眼鏡なんてかけていて

もう少しめかして来れば良かったと後悔する顔はバレないように願った。



「何か読んでたのか。」



店員が湯気の立つホットを運んでくるなり、桐生は内ポケットから煙草を抜いた。

まだ大学生くらいの店員は、暖かいホットをひとつ桐生の前に

もうひとつをなまえの前に置くと、すっかり冷めたなまえのコーヒーを下げた。

伊達男め、と心の中で苦笑した。



「次の企画、どうしようかなって。」

「相変わらず仕事ばっかりだな。他にすることねぇのか。」



低い桐生の声は、よくわからないけれどお洒落なのであろうBGMより酷く落ち着いた。

ずっと聴いていたくなるような音域は鼓膜を優しく揺さぶるのに

なまえの心中はざわざわと逆撫でられるように振動する。



「よく言われる。」



苦笑したなまえが新しいコーヒーに口を付けると、桐生は満足そうに笑った。

お互い話すこともなく、ごく自然に桐生は喫煙に、なまえは読書に戻った。

窓ガラスを打つ雨の音がとても心地よく聞こえた。

ぱらりとページをめくると、不意に煙草に手を伸ばす。

文字の羅列から目を離さぬまま煙草の先にライターの火を近づけると、ふと桐生の手が伸びて

右目にかかったなまえの前髪をそっと避けた。



「…桐生さんてさ。」



距離感、わかってないよね。



そう繋げようとして、なまえは口を噤んだ。

前髪を払った形のまま遠ざかっていく指が、とても愛おしく思えた。



「なんだ。」

「なんでもない。」



訝し気に少し眉を上げて、桐生は何も言わず小さく溜息を吐いた。

伊達男の何気ない行動に奪われてしまった集中力は戻って来る気配もなく

なまえは閉じた本の上に肘をつき、顎を乗せてにやにやと笑って見せた。



「…なんだ。」



視線に気づいた桐生が少し苛立たし気に煙草をもみ消した。

湿気を含んだ紫煙は、いつもより重く肺に染みわたって行く感じがした。



「カッコイイよね。」



目を見つめたまま笑って見せると、灰皿の上で鎮火されたフィルターから指を離して

鼻で笑った桐生が席を立った。



「狙ってやってんだよ。」



鼻で笑う笑顔が意地悪くて、長いことご無沙汰だった胸のときめきとやらが少し蘇ってしまう。

伝票の上に置かれた金額はなまえの分と合わせても少し多いくらいで

桐生が外へ出る、喫茶店の扉のベルの音が途切れた頃にやっと

なまえの驚いたまま固まっていた顔が赤くなって、頬杖をついた掌に口元を埋めてみた。









きよくてるい





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