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珍しいこともあるもんだ、と尾田は携帯に耳を当てて目を剥いた。

あの社長が女の所に居るなんて。

電話の向こうで微かに聞こえる女の声に耳を澄ますと、何を言っているのかまではわからないが

高く細い声が途切れ途切れに聞こえていた。



「…聞いてますか、尾田さん。」

「あ、はい。ええ、では10分少々で着きますんで。」



立華に窘められて会話に焦点を戻す。

少々面倒な現場をひとつこなして、本社の社長室までお呼び出しがかかった。

こんな天気の良い昼間から、ことも有ろうに社長室に女を連れ込んでお楽しみとは

あの立華もやっぱり男だったのだな、と少し感慨に耽りながら

尾田は車を繁華街へ向けた。



2度ノックして、立華の静かな声で入室を促された。

分厚い扉の向こうからでは室内にまだ女が残っているのか分かりかねた。

軽く一礼しながら室内に入ると、立華はいつも通り執務デスクに腰を掛けていて

きょろきょろと見回す尾田に訝し気な目線を送っていた。



「どうしたんです、不躾に。」

「いや、さっき電話口で女性の声がしたものですから。」



スーツの内ポケットから巻き上げた権利書を取りだして渡すと、片手で立華は受け取った。

YESともNOとも答えない立華は、無表情でちらりと確認して

デスクの左側のペーパーウェイトに、きちんと皺を伸ばして留めた。



「ご苦労様です。いつもながら仕事が早い。」

「いえ、そんな… あ。」



労う立華に謙遜の言葉を継ごうとした矢先、ヒールが大理石の床を打つ音に振り返ると

なまえが部屋の奥から現れた。



「尾田さん、お久しぶり。」

「みょうじさんでしたか、さっきの声。」



相変わらずピシッと背筋を伸ばしたなまえが、笑っているような無表情のような口元で

立華の向かいに立つ尾田へ歩み寄った。

土地絡みの権利関係に強い弁護士を雇ったと立華が告げた3年前から、こうしてたまに

なまえが社長室へ顔を出すのは珍しいことではなかった。



「相変わらず、人使いの荒い社長ね。」



なまえに向けての言葉なのか、それとも尾田に向けての言葉なのか。

曖昧に笑いながら尾田が頭を掻くと、立華は少しバツの悪そうに目線を逸らした。

忙しい身の上、きっと立華に呼び出されたものの携帯が鳴り止まず

社長室でさえ彼女のひっきりなしに鳴る携帯の応対をしていた声が聞こえたのだろう。



「みょうじさんも、お忙しいみたいですね。」

「お陰様で。」



広い書斎の一角に設けられたコーヒーサーバーにはいつも秘書がコーヒーを淹れている。

愛想笑いを浮かべながら、3つ分用意したプラスチックの使い捨てコーヒーカップに

湯気の立つコーヒーを淹れようとドリッパーに伸ばした尾田の手を

ふいに冷たいなまえの指先が触れて制した。



「ブラック?」

「えぇ、どうも。」



お茶を淹れるような立場でもない癖に、手際良く盆にコーヒーカップを3つ移し

3つ目のカップにミルクを付けてテーブルに置いた。

当たり前のように何も言わず、なまえは3つ目のカップを立華の前に置いた。



「尾田さん、今回の現場は次の段階に入る前にみょうじさんの会社を一度挟んでください。」

「はぁ。」



一筋縄ではいかない繁華街の不動産、弁護士を一旦挟むことは日常茶飯事だった。

尾田と立華のコーヒーをテーブルに置いて、自分は立ったまま口を付けつつ

無言でペーパーウェイトの下に置かれた権利書を読み込んだなまえが

立華の背後から、尾田だけに見えるようにおどけたような渋い顔を向けた。

面倒臭いなぁ、とでも言いたげな顔だった。



「何時間で終わりますか。」

「何日、って訊くのが普通じゃないですか。」



執務デスクとは違う、応接用のテーブルに移った立華の隣にごく自然に座ったなまえが

バッグからファイルを取り出して挟んだ。

その背表紙には、先ほどまで尾田が居た雑居ビルの名前が書かれていた。



「3…早くて2日、頂けません?」

「手際が悪い。少しは尾田君を見習ってください。」

「危ない橋は渡りたくないでしょう、お互いに。」



尾田の向かいで目も合わせず、淡々と嫌味のやり取りをする様を見ていると

こちらまで胃が痛くなってきそうだ。

居た堪れずに立ちあがって、意味もなくコーヒーのお代わりを取りに向かう尾田がちらりと振り返ると

なまえの膝に広げた例のファイルを覗きこんで、何やらやり取りをする様が視界に入った。



そもそもどんな経緯でなまえがこの不動産屋に関わることになったのか

なぜ立華がこんなにこの女を重用しているのか、尾田は全く知らされて居ない。

仕事はキッチリこなす実績があるし、どうでも良いことだと興味すらわかなかったが

なるほど立華とこれほどのやり取りが出来る女はそう居ない。



「お似合い、ですけどねぇ。」



大して減ってもいないコーヒーカップに、一口分程度追加して席に戻った尾田が

ぽつりと呟くと、二人揃って顔を上げた。



「まさか。」

「まさか。」



なまえがぱたん、とファイルを閉じるのと

立華がコーヒーに手を伸ばすのはほとんど同時で

その間も全く二人は目を合わせたりしなかった。



さて、なまえの長い髪が一房、ブラウスの首元に入りこんで居るのを教えるべきか

はたまた立華からなまえの香水の匂いが香っていることを教えるべきか

逡巡しながら、尾田は苦笑いでコーヒーを口に運ぶ。










賢い大






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