注:キャラ崩壊
  

















もどこかで










秘書から会長が帰社したと内線で電話が入って、少し気が重くなる。

これ以上ない程完璧に仕上げられた資料をデスクの脇から抜き取って、溜息をつきながら立ち上がると

気合を入れるかのように、なまえは一口コーヒーを含んだ。



「―--業務報告は以上になります。ご質問等ございますか。」



毎週月曜日、必ず会長室に業務報告をしなくてはならない規定が重苦しい。

他の部署がそんなことをやっているなんて聞いたことないのに。

重々しい顔で資料をめくり終えた峯が徐に口を開いた。



「金曜日迄に数値化して成長予想を立てておけ。それと、今直ぐ縄を持って来い。」



手帳に成長予、とまで書き込んで手を止めた。

峯は相変わらず資料の最後の最後まで目を通している。



「縄…は、必要ではないかと。」

「何故だ。」

「私にそういう趣味がないからです。」



誰も知らない、知られちゃいけない。

堅物イケメンのこの会長は、どMである。



「…私にそういう趣味があるとでも言いたいのか。」

「おありじゃないですか。」

「まぁ、そうだが。」



こちらのミスとでも言いたげな顔でなまえを見遣る峯の目に一切の淀みはない。

一体なんだってこんな男の下で働いて居るのだろう。



「縄は嫌なのか。では、鞭でも構わん。」

「私は構うんですが。」



無駄に防弾対策のされた窓の外から見れば、至って真面目な業務報告会議。

大きな執務デスクに深々と腰掛けた峯の目は、目前に突っ立っているなまえをまじまじと見つめていた。



「先週も嫌だと駄々をこねたな。」

「駄々こねてるのは会長ですよ。」



なるほど、と口の中で呟くと足を組み、顎に手を当てた。

一見すると真面目に今後の対策でも考えて居そうな顔をしながら、頭の中は

きっと常人には理解できない理論と欲求が渦巻いている。



「…ばら鞭か、一本鞭かの選択権が欲しい。ということだな?」

「違いますし鞭の種類とかどうでもいいです。」



全く困った奴だな、と言いたげな目線と溜息をこちらに送ってくる。

困った奴はどっちだと突っ込みたくなる気持ちをぐっと飲みこむと

居心地の悪い沈黙が会長室に流れた。



「縛りも嫌だ、鞭も嫌だ。では、どうしろというんだ。」

「真面目に仕事に取り組んで頂ければ、それで。」



何故峯がそのような性的嗜好を持ったのかは全く興味がないけれど

何故なまえがこのような要望を与えられなければならないのかは全くわからない。

セクハラだと労基に垂れ込んだところでどうせ極道のフロント企業だし

何よりこのご時世、好待遇な給料を逃す手はない。

他の社員にそれとなく探ってみたけれど、誰にもそのような趣味は漏れていないようだ。



「仕方ない、罵ってくれるだけで構わないとしよう。」

「アンカリング効果は通用しませんよ。」



むすぅ、と子供のように拗ねた表情になる峯が億を稼いでくるなんて信じられない。

まして東城会の直系組長だなんて、悪い夢でも見ているようだ。

まぁ、馬鹿と何とかは紙一重とはよく言ったものだ。



「じゃあ、蹴「嫌です。」

「踏「嫌です。」



食い気味に拒否すると、不機嫌な表情にますます陰りが見えて来た。

きっと怖い顔なのだろうけれど、今はそれ以上に真顔でこんなやり取りをしている彼自体が非常に恐ろしい。



「秘書の子にでも、頼めばいいじゃないですか。」

「片瀬か。片瀬は女王様には向いているとは言えないからな。」



私だって向いてる方じゃないと思いますよ。

何を以て女王様に選抜されたのかは些か不明だけれど、不毛なやり取りをする時間が惜しくて

こちらを見据えて離さない峯の目線をなまえから逸らした。



「新宿に、SMクラブがあるそうですよ。」



ぴくり、と峯の眉が動いた。

まさか知らなかったなんてことはないだろうけれど、なまえ以外でその欲求を晴らしてくれればそれで良い。



「なるほど、金を払えと言いたいのか。」

「違う。」



いそいそと小切手に伸ばした手を、鋭いツッコミで止めた。

不本意な結果にますます不機嫌な溜息をつく姿は、おそらく少女漫画的に考えれば素晴らしく素敵なコマになるだろう。

ガラスの仮面のタッチで描いて蹴れだの罵れだの言う前後関係がなければ、売れたに違いない。



「良い加減にしてください、会長。全裸で縛りあげて写メ撮って流出させますよ。」



他の社員にバレていないことを鑑みると、きっと秘密にしている趣味に違いない。

それ程信用してくれているのはありがたいことだけれど、何が悲しくて

好きでもない年上の男に鞭を振るわなければならないのだろう。

好きな男でも鞭を振るう趣味は、ないんだけどさ。



「そうか、露出系が好きだったのか。」

「アホか。」



早く言えと付け足した峯は、それまでの不機嫌が嘘だったように満足げだ。

思いっきり突っ込んでしまったけれど、相変わらず眉間に皺の寄った目の奥が嬉しそうに一瞬光ったのを

見逃せなかったなまえは深い深い溜息をついた。













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