石をきて











深夜番組も始まろうかという時間になってふらりと出掛ける時は

すっかり巻きの取れてしまった髪を適当にまとめて

くたくたになったシャツと、着慣れたジーンズのポケットに煙草とライターだけを入れる。

随分前に買ったジャケットは流行っているとはいえない型だけれど

定番のアウターとして今もなお大活躍してくれている。

何の変哲もない黒いパンプスを足先にひっかけて、酔っ払いが闊歩する往来を通り過ぎ

きらきらとネオンが目に煩い大きな建物の、非常階段を登った。

店名を冠したネオンが商店街へ至る道を明るく照らしているけれど

裏手に回れば真っ暗で、意外と星が良く見える。

まったりと煙草を蒸かしながら夜空を見上げて居ると、従業員事務室の扉が細く開いて

蛍光灯の明かりが非常階段に差し込んだ。



「関係者以外立ち入り禁止だって、何遍言ったらわかんだ。お前は。」



ぐるりと頭を回して振り向けば、嫌味とげんなりした雰囲気を全面に押し出して

苦々しい顔をした佐川と目が合った。

蛍光灯の明かりが眩しくて目を細めてみると、非常階段へ向かってくる佐川の後ろで扉が閉まった。



「じゃあ鍵でもつけときなさいよ。」



店の正面から少し横に回れば、なんとも不用心に階段が続いている。

錆びた鉄はそれなりに今も強度を保ってはいるけれど、名のある極道がついているだけあって

浮浪者が入りこむことはなかった。



「夜のおサンポなら、もっと他になんかあんだろ。」



非常階段に座りこんだなまえの横で、佐川が背を持たせる柵もまた錆びていた。

彼が煙草に火を点ける動作をするだけで、赤茶の錆が剥がれ落ちるような気がした。



「ここが良いんだもん。」

「なら働きゃあ良いじゃねぇか。」



佐川になんとなく纏わりつくのを、怒鳴られない限りはやめないと思う。

困った顔で毎回なんとなく相手をしてくれる彼も、きっと野良猫を相手にしているような感覚なのだろう。



「これ以上稼いだら、所得税で死ぬ。」

「はぁ、羽振りの良いこって。」



何度か自分自身に、この関係性をカテゴライズするなら何なのか問うてみたけれど

恋愛でもない、尊敬なんて微塵もない、お友達と呼べる程親しくもない関係に

名前をつけること等できなかった。

それでも敢えて言うなら、たぶん、なまえは佐川に甘えている。



「私がNo.1取ったら、司ちゃん嫉妬でお客さん殴っちゃうかも。」



明らかに馬鹿にしたように鼻で笑う佐川がまた一口煙草を吸った。

長くなった灰を非常階段の脇からどぶ川へ落とす。

軽くて心もとない燃えカスは、暗闇の中で風に吹かれてすぐに見えなくなった。



「俺ァビジネスライクな人間なんでね。」

「真面目に仕事に取り組むなんて、昨今のヤクザは従順になったものね。」



顔も見ず嫌味を返すと、苛立たしげな舌打ちが小さく聞こえた。

なまえも煙草を深く吸いこむ。

この男にチクリと言い返した後の一服は、格別に美味い。



「口の減らねェクソガキだな。」

「頭の固いオッサンに言われたかないわ。」



なまえよりも随分早いペースで吸う佐川の煙草が短くなっている。

彼はそれをよく見るアルミの灰皿に押し付けて消すと、当たり前のように差し出した。

なまえもほとんどフィルターに近くなった煙草を、当たり前のようにその灰皿で揉み消す。

従業員事務室からわざわざ持ってきてくれた、これは優しさなんかじゃない。

掃除が面倒とか、火事の危険性とか、ただの習慣とか

佐川の齎す全ての行動はひとつひとつに、周到な逃げ道が用意されている。



「じゃあね。」

「もう来んな。」



おやすみなさいの代わりになってしまった応酬を交わして、非常階段を下った。

暗い路地裏のゴミ袋の裏を、野良猫が駆け抜けていくのが見えた。

彼らはきっとお腹が空いたという理由で、人にすり寄ったりするのかも知れない。

深夜にこの非常階段に来る理由を、会いたいからでも声が聴きたいからでもなく

煙草が吸いたかったからという理由に求めることに名前をつけてと強請ったら

きっと虚勢と彼は言う。












に入る





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