VerbeNa



数人の舎弟と飲んだ一軒目はどこかのチェーンの居酒屋だった。

おネェちゃんのいる店に移動して、高いウィスキーやシャンパンをしこたま飲んで

更にどこかのバーで飲んだ頃には胃がズキズキと重く感じた。

舎弟の手前アルコール入りに見えなくもないソフトドリンクでお茶を濁し、

大方体調が回復した頃にはそろそろ朝のニュースが始まろうとしていた。

ダラダラとお開きらしい流れに天下一通りで解散するも、脚は何となく家へ向かわない。

公園へ向かう道を曲がり、コンビニで栄養ドリンクを数本買った。

小奇麗なオートロック付のマンションは静まり返っているが

慣れた部屋番号を押した数秒後には、はい、とテンションの低い返事が返ってきた。

蛍光灯の明るいエレベーターホールを通り、タイル張りの廊下を歩き、なまえの部屋へ。

相変わらずヤニとコーヒーの匂いが、玄関からリビングまでびっしりついている。



「まだ仕事してんの?」



お邪魔します、の代わりにそう言いながらコンビニの袋を手渡す。

ありがとうも言わずなまえはそれを受け取ると、中身を1本取り出して一気に飲んだ。



「悪いの?」



陽に当たらないせいで青白い肌と、長い前髪を後ろに流して留めてあるいつもの風貌。

眼鏡の跡のついた鼻筋をこすりながら、なまえは眠たげに答えた。



「根詰め過ぎるのもよくねぇよ、たまには外へ出ろ。」



勝手に寝室へ繋がるパーテーションを開け、その辺のハンガーに上着をひっかける。

なまえ自身に数日寝た雰囲気はないのに、ベッドは今しがた抜け出したように乱れている。



「説教しに来たなら帰って。」



飲み終えた栄養ドリンクの茶色いビンを分別もせずゴミ箱に捨てたなまえは

またPCへ向き直り、仕事の続きを始めようとしていた。

コーヒーの茶渋がこびりついたマグカップが、デスクにいくつも並んでいた。



「心配してやってんだろが。」



そう、と空返事が聞こえたかと思うと、何かを打ち込むパチパチという音が始まった。

錦山は煙草に火をつけると、なまえに背を向ける形で置いてあるソファに腰掛けた。

なまえの作業デスクに置かれた灰皿には高く吸殻が積もっているのに対し

リビングの洒落たテーブルに置かれた大きな灰皿はキレイなままだ。

いや、埃が薄らと積もっているように見えなくもない。

この灰皿を使う人物は、この部屋へ長いこと来て居ないようだ。



「なまえ、お前、まだあいつと続いてんのか?」



パチパチ。

本当に何か打ち込んでいるのか、返答に窮しているだけなのか不明瞭だ。

なまえと一馬がそういう仲であることは、誰もが知っている。

ただ、上手くいっているかどうかは釈然としない部分だ。

一馬もなまえも大人だし、周囲に大っぴらにラブラブっぷりを見せつけることはしないが

どう見ても仕事しかしていないなまえと、不器用でマメじゃない一馬。

あまり上手くいっている雰囲気はない。



「こないだ会ったぜ、あいつ。元気そうだった。」



そう、と返事があった合間もパチパチとキーボード音は止まらなかった。

錦山がこうしてなまえの家へやって来るのは、定期的な生存確認と

桐生の生存報告をなまえへ伝える為だった。



「また厄介ごとなの?」



桐生が厄介ごとに巻き込まれないこと等ないことを知っていながら

なまえは錦山にそう尋ねる。

あぁ、とストレートに返す錦山も、嘘をついては仕方ないことを知っている。



「…いっそ死んでくれたら気も楽なのに。」



自嘲気味に笑ったなまえが煙草に火をつける。

深く吸い込んだ紫煙を、ふーっと長く煙を吐き出すと椅子の背もたれに体を預け

天井をじっと見つめていた。



「縁起でもねぇこというもんじゃねぇよ。」



嗜める口調だったのに語尾が消え入りかけたのは、なまえの気持ちがわかったから。

誰も桐生が極道になることを望んでいなかったのに。

きっとその世界が桐生を求めてしまっていたのだ。

そんな桐生に惚れたなまえは、きっと幸せにはなれない。

いや、絶対に幸せにはなれない。

そしてなまえに惚れた錦山も、幸せな未来を期待することは叶わなかった。

癖毛で丸くカールした毛先が、椅子の背もたれでサラサラと揺れていた。



「海外逃亡でもしようかなぁ…」



モルディヴあたりでさ。パソコンありゃ仕事できるわけだし。

錦山とは視線を合わせないまま、なまえが独り言ちる。

この部屋にいると、家電のモーターが唸る音が大きく感じる。



「こないだも言ってたな、それ。」



灰皿で煙草をもみ消しながら答える。

正直、なまえはもういっそどこかへ行ってしまった方がいいのかもしれない。

帰ってこない男を待ちながら、心の拠り所にすがるように仕事をするよりも。

一歩踏み込めば自分の身も危険な世界と隣り合わせのまま、メッセンジャーを待つよりも。

自分に惚れてる男が夜明けに恋人の生存報告をしに来る生活よりも、ずっと。

きっとそうすれば皆、幸せにはなれないまでも

これ以上不幸にならずに済むのかも知れない。



「何年も言い続けるのね、きっと。」



遮光カーテンの隙間から朝日が差し込み始めている。

そろそろ会社へ向けて出社するサラリーマンも居れば、朝飯の支度をする主婦も居て

仕事明けのキャバ嬢や徹夜で麻雀した大学生たちも動き出す時間なのだろう。

徐々に騒がしくなる神室町で、幸せにも不幸せにもなれない人種たちが

本当に不幸になってしまう結末がやってくる時は、もう目と鼻の先。









I WEEP for you


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