L'INTERDIT






PCのキーボードの上に置きっぱなしだった指を、徐に頭上に伸ばす。

大きく伸びをしたついでに、ひとつ欠伸がこぼれ出た。

片手は上げたまま、もう片方の手で口元を抑えると

馬場が苦笑しながら顔を向けた。



「眠いなら、寝ればいいのに。」

「んー…、もうちょっと。」



PC作業のお供である濃いコーヒーは、22時を過ぎた頃に馬場に取りあげられた。

早寝早起きは生活の基本だと主張した彼は永い間

病的なまでに規則正しい、退屈な生活を塀の中で過ごしていたと笑っていた。



「朝やった方が効率的だと思うよ。」



朝活という言葉が流行り始めた当初、なまえの周りでも何人か

出社前にジムに行くだとか、早起きして弁当を作るだとかしていた人たちは

そんなことまるでなかったかのような顔で、眠たげに出社している。

きっと彼等は夕方に水素水を飲んで、休日にはボルダリングなんかをしているのだ。

ご苦労なことだ、と煙草に手を伸ばした。



「無理、無理。朝弱いもん。」

「知ってる。」



くすくす笑いながら馬場も膝の上の本を閉じて、自分の煙草に手を伸ばす。

彼がこの家に来る時、ライターをいちいちジャケットから取り出さなくなったことに

一抹の進歩と達成感を感じる。

なまえは片手でノートパソコンを閉じると、ひとつに纏めていた髪を解いた。

滑り落ちて来た前髪を掻き上げ、煙草の灰を落とすと

相変わらず薄ら笑いを貼りつける馬場と目が合った。



「何。」

「髪の匂いがする。」



トップから零れ落ちた髪の一束を優しく耳にかけ、そのまま耳と首までを撫でられると

馬場の冷たい指先が肌を滑っていくのがよく分かった。

首を延ばして頬にキスをされるのを、されるがままに甘えてみた。



「なまえの匂いがするよ。」

「どんな匂い?」



色気を売りにする商売でもなし、普段香水はあまりつけない。

せいぜい社外打ち合わせのある日に、出社前コロンを少しふりかける程度で

清潔性を重視するスーツ姿と香水は、なんだかミスマッチな気がした。

すんすんと馬場がわざとらしく耳元で鼻を鳴らす。



「煙草の匂いがする。」



鼻先で耳をくすぐりながら呟かれると、くすぐったくて指先が揺れる。

煙草の灰が落ちそうになって、灰皿の上にそっと移動した。



「あと石鹸…シャンプーの匂いかな。」

「ふふ、くすぐったいよ。」



コーヒーの匂い、シャツの糊の匂い、オフィスの独特な紙とインクの匂い。

ぽつりぽつりと続けていく馬場の唇がたまに首筋を撫でていく。

低くも高くもないその声に合わせて唇が動くのが、たまらなくセクシーだった。



「女の匂いがする。」

「女の匂い?」



問い返しても、答えは得られなかった。

なまえの匂いだと嬉しそうに繰り返す馬場の指先で短くなった煙草を抜き取って

灰皿に2本まとめて擦りつけて消した。



「男の匂いもあるの?」

「どうだろう、あんまり良い匂いじゃないかも。」



仕返しだとばかりに、自由になった両手を馬場の後頭部に伸ばして抱き着く。

首筋にキスをして空気を吸いこむと、灯油のような埃のような

雪によく似た匂いがした。

決して嫌いではない恋人の匂いを、もっとよく分析してやろうと強く抱き着くと

筋肉の発達した腕で引き剥がされて、唇を奪われた。



「そこからはしないんだよ。」



意地悪く笑う馬場が、ひょいとなまえを抱き上げて膝の上に座らせた。

真昼のビジネスモードの余韻が残る頭で一瞬考えて、にやりと笑う馬場の目に

夜が訪れていることを教えられた。



「えっち。」

「教育熱心だって言ってよ。」



笑いながらキスを強請ると、啄むような優しいキスを繰り返して

薄く開いた唇の間から熱い舌がべろりと顔を出した。

寝室へ向かう、抱き上げられた腕の中でぼんやりと

男の匂いというものを理解した。







私以外にっては駄目よ







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