tristar







特に生温い気温や、意味もなく外が静か過ぎたりした夜は眠れない。

随分過去の仕事でのミス、昔の恋人との別れ際の一言、くだらない人間関係。

そんなものがどす黒く頭を擡げて、枕の上で何度も首を動かしたけれど

睡魔は襲うどころかどんどん遠ざかってしまうようだ。

それならばいっそと隣で眠る冴島を起こさない様ベッドを抜け出して

リビングで小さな白熱灯を付けて仕事用のバッグを開いた。

月末〆の書類に設けたリミットにはまだ時間がたくさんあったけれど

手持無沙汰に、煙草を片手にオレンジ色の照明の下で文字を追った。



「そない忙しいんか。」



寝室からベッドへ抜けるドアの音がしなかったのはきっと、細く開け放していた為だろう。

起こしてごめんと声を掛けながら振り向いた先には

先ほどまで眠りの淵に居たであろう、瞼の重い顔の冴島が居た。



「ううん、別に。」

「寝られへんのか。」



テーブルの対面に掛けながら、煙草に手を伸ばす冴島がひとつ大きく欠伸をした。

眠れない夜に羊を数えることもなくなって久しい。

酒でも呑んで眠ってしまえたら良いのだけれど、気分じゃない。

ただぼんやりと、長い夜を持て余している。



「明日も、仕事やろ。」



苦笑いで頷くと、大きな手がすっと顔へ伸びて

睫に掛かる前髪を優しく流してくれた。

額から耳へかけて触れた指先は暖かく、睡眠の気配が残っていた。



「まだ暗いなぁ。」



閉め切った遮光カーテンを細く開いた冴島の背後から窓の外を見ると

濃紺の空がいつも以上に高く、暗く見えた。

眠らない街の癖に、深夜はやっぱりその照度を落とすのか。



「あ、星。」



普段見上げもしない夜空の、ほとんど頭上近くに

特段光る星がひとつだけ見えた。

東京でも星が見えるのかと、ありきたりな感想を伝えた後には

ほんまや、とありきたりな返答を得た。



「あれ、見てみ。」



冴島が煙草を挟んだ指を夜空へ伸ばした先を追う。

あれと、あれと、とゆっくり動いていく視線の先に眼を凝らす。

地上の照明が反射して、幾分白っぽく見える夜空に眼が慣れてくると

申し訳程度に自己主張する星がいくつか現れた。



「ふたご座や。」

「凄い、なんで知ってるの。」



なまえの肩を抱く冴島に驚きの声をかけると、伸ばした手を口に運んで紫煙を吐いた。

その目は笑っているのか否か、暗闇の中では見当がつかなかった。



「北海道は、よう見えんねん。」



ベランダへ消えて行く白い息は紫煙なのか、それともただ外気が冷たいだけなのか。

何か告げることも野暮のようで、夜風に冷えた肩を寄せた。



「私、オリオン座しかわからない。」

「ほぉか。」



地元じゃもっと明るく見えていた気がするオリオン座も、薄ら夜空に浮かぶ程度だ。

吸いかけの煙草を一口強請ると、なまえの唇に煙草を差し込んだその指を

そのままついと、また夜空へ向けた。



「あっこやろ、オリオン座。」

「うん。」

「そっから西に行ってみ。」

「あ、もうひとつあった。」



それが牡牛座だと呟いた声は、得意気にも寂しそうにも感じた。

肩を抱いた手にそっと触れると眠りの気配は姿を消して、しんしんと夜風の温度に染まっていた。

たぶん明日には、どれがどの星座かなんて忘れてしまう。

それでも空を指す冴島に、何も言わず相槌を打ちながら

ただ私たちは朝を待った。






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