笑うモンール









金曜の夜に食事でもどうかと峯に誘われたのは、その週の月曜日だった。

慌ただしい週の初めに簡単な了承のメールを送って、2度程のやり取りの中で

適当な落ち合い場所と時間を決めて、それきりだった。

会ってもお互い大体が仕事の話ばかりで、ロマンチックとは程遠い。

それでも退社する時に履き替えたピンヒールのマノロブラニクで

指定された駅の南口に着いた頃に、携帯を振動させたメールを開いた。



『しばらく掛かる。終了は未定。』



謝罪のひとつもない遅延のメールに苦笑いする。

こんなことは初めてじゃないし、なまえ自身もやってしまうことだ。

往来の邪魔にならない場所へ移動して、液晶に指を滑らせた。



『まだ私も仕事中です。また後日。』



冷淡ではあるが律儀な男に対する気遣いとして、たぶん100点ではないけれど

間違った返答ではないような気がした。

人にはよるだろうけれど、大人になると恋人の優先順位というものは低くなる。

家族や友人、趣味、副業なんかが人生のおまけとして色々と着いてきて

なまえや峯はその最上位に仕事が来るタイプの人間、というだけだ。



自宅の最寄りより少し離れた駅へ来てしまった上に、せっかく早く退社したのだ。

知らない街で一杯飲むのも悪くはないが、慣れ親しんだ繁華街まで戻るのも良い。

帰宅してDVDと缶ビールという選択肢を真っ先に切り捨てたあたり

ちょっとだけデートを楽しみにしていた自分に笑ってしまう。

新宿まで戻る次の電車の時刻を確認しようと電光掲示板を見上げた頃に

コートのポケットで携帯に着信があった。



『嘘は良くないな。』



開口一番、冷たい声で峯が言う。

夕飯には少し遅い時刻のオフィス街の駅前は人もまばらで

何度か見渡すと、少し離れた路肩に見慣れた峯の車が停まっていた。



「あなたも。」



電話の向こうで峯が鼻で笑う声がした。

車に向かって歩み寄ると、マノロブラニクが嬉しそうな高い音を立てる。

浮かれた気分を知られるのが嫌で、さも不機嫌そうに眉を寄せてみても

綺麗に紅を引き直した口元が歪んでしまう。

車まで3m程の近さになると、唇に煙草を挟んで降りて来た峯が車に背を持たせて火を点けた。

薄暗い夜道で、彼の大きな手の中がぼんやりとオレンジに光る一瞬が自棄に気に入った。



「趣味が悪いですね。」



長い指で煙草を据えた峯に投げかけると、彼はもう一度口へ運んだ。

吐きだされた紫煙が細く長く、時折街灯に照らされたりしながら空気中へ散った。



「君に褒められたのは久々だな。」



笑顔というより嘲笑という表現がよく似合う、皮肉な男の胸元へバッグを突き出すと

何も言わず受け取った彼は助手席のドアを開けた。






小さなタクティ








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