落花流水
上京して仕事一筋に生きてきた所為か、こっちに友達のひとりもない。
よって土日は部屋でDVD鑑賞か、仕事か、仕事か、仕事をしている。
我ながら枯れてんなぁと笑ってしまう。
吸殻の積もった灰皿の脇にある煙草に手を伸ばすと、ソフトのパッケージがくしゃりと潰れた。
さすがに部屋着で外へ出るのは躊躇われたので、適当なシャツと何年も前に買ったジーンズを引っかけて財布を持った。
460円払ってすぐ帰るつもりが、どうしてこうなった。
「ええ加減にせぇ、アホ、どついたろか。」
「ちょ、言い掛りですって、ってかもうどついてますって」
コンビニの前で無駄に血生臭い喧嘩が繰り広げられている。
いや、あれは喧嘩ですらない。
一方的な暴力だ。
「ホント勘弁してください、勘違いですよ。」
「言い掛りやったらなんやねん。」
身も蓋もない返答を返しながら、ボコボコになった金属バッドで殴られていた男は
確かに柄の良い方じゃないけれど、加害者より幾分かマシには見えた。
鼻血を出しながら逃げていく若い男を目で追うと、真島がやたらヘラヘラ笑っていた。
「なまえちゃーん。貸しやでコレ。」
とりあえず帰路までの道が空いたので通り過ぎようとすると、真島に呼び止められた。
理由はよくわからないけれど、最近よくこの男に絡まれる。
なぜ名前を知っているのか、こんなスッピンOLのどこが良いのか
深く訊くのはお互いの為ではないと思う。
「通報しなかった、こっちの貸しです。」
「善良な市民の勤めを放棄したらアカンで。」
お前が言うなと突っ込みかけて、面倒になってやめた。
そういえばもうすぐ日付も変わるのに、朝から何も食べていないし
昨日の夕ご飯はビールで済ませてしまった。
糖分が、糖分が足りないのだ。
「せっかくカッコええ感じで助けたったのに。」
「あれは完全にイチャモンですよ。」
コンビニの前の灰皿で一服している、なまえをちらりと見た通行人の男性に
俺の女に色目使うんじゃねぇといきなり殴りかかる派手な男。
美人局か、頭のおかしな人でなければ務まらない所業を平気で犯す、彼は完全に後者だ。
「惚れ直したやろ。」
「滅相もない。」
全く響かない返答に嬉しそうに笑う真島が、マンションの最寄りの曲がり角でどこかへ消えて行った。
何事もなかったかのようにエレベーターに乗って、部屋の鍵を開けて
咥え煙草で缶ビールのプルトップを開けた時に、あれは送ってくれたのだと気づくあたり
やっぱり私は枯れている。
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