昼夢








川沿いの小さなワンルームには煙草の匂いが染みついて居て

時折天気の良い日等はどぶ川の匂いが上がってきて息苦しい。

無駄に日当たりだけは良い窓から差し込む日差しで畳は焼けていて

布団と灰皿くらいしかない部屋の主は、スーツ以外の衣服を持っていないようだった。



「切らないの、髪。」



真島の長い髪を梳いてやりながら問うても、特に返事はなかった。

伸ばしているというよりただ切らないだけの髪は、黒く美しかった。



「今日は暖かいね。」



当たり障りのない会話にも返事はない。

不機嫌でもなく、塞ぎこんでいるわけでもない、これがこの男の通常運転だ。

部屋を出て少し行った先にある、大きなキャバレーでは

この男は遣手の支配人として名を上げているらしいというのが嘘のようだ。



「いつまで居る気や。」



銀色の粗末な灰皿に真島が煙草を押し付けるのと、

綺麗にまとめて結い上げた髪をなまえが留めるのは、ほとんど同時だった。

それからゆっくりと眼帯を付ける、彼の傷口を見ることは許されない気がして

一度も眼帯を外した彼の正面に立ったことはない。



「知らない。」

「さよか。」



ここから程近い、マンションの一室に一人暮らしをしているけれど

最近は着替えとシャワー程度にしか帰らない。

真島と出会ったその日、なんとなく家に着いていって、なんとなく寝た。

次の日夕方に出勤しようとする真島の隣で会社に電話をして

溜まった有給を全部消化すると、無責任な電話をした。



「仕事はええのか。」

「別に良い。」

「クビんなるで。」

「別に良い。」



有給は、全部合わせても1ヶ月くらいだった。

理由を聞こうとする上司や人事を適当にいなして、法的権利を振りかざした。



「髪、切らないの。」



眼帯を着け終えた真島に、同じ質問をする。

彼は面倒臭そうに、別に、と呟いた。

似た者同士だなと、改めて思う。



「私は好きよ、長い髪も。」



後ろからそっと手を伸ばして頬を撫でた。

白い肌は冷たいなまえの指先よりも冷たくて、生きて居るのか不思議なくらいだった。

鬱陶しそうにされるがままの彼の首にキスをすると

噛み千切ってやりたい衝動に駆られた。



「仕事、行くわ。」



気怠そうに立ち上がる真島の背中に揺れる毛先を見つめながら、適当に返事をした。

あの長い髪を切る時はきっと、一緒には居ない気がした。

それはそう遠くないということも、なんとなくわかっていた。

それでも、朝日の中で悪夢に眼が醒める真島をそっと抱き締めることが

なんとなく自分が生まれて来た理由のひとつのように大切なことに思えた。



「ここも、そう、安全ちゃうで。」



革靴を履きながら、振り返りもせず言う真島の背中を見つめる。

去るように促しながら、決して居なくなれとは言わない彼の弱さを垣間見る。

好き好んで牢獄に居る奴の気が知れないと呟いた情事の後も

真島は帰れとは言わなかった。



「別に、良い。」



返事の代わりに扉が閉まる。

窓から差し込む長く伸びた夕日の、どぶ川の反射光がきらきらと揺れて

今日も哀しい一日が始まった。





キャビア薔薇の香りがするでしょ





prev next









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -