見廻組だろうが尊王派だろうが、野蛮で在る事に大して変わりは無い。

混沌とした今の時世に於いて何が正義で何が悪かなんて日々変わって行った。

血の気の多い男共が、異国の舟が如何だとか攘夷派が如何だと騒ぐのを

なまえは毎晩黙って隣で酒を注ぐのが仕事だった。

お前は如何思うと聞かれれば、難しいことはわかりんせんと小さく呟いて

然うだろうと満足げに酒を喉に通す男の自尊心を立てるのが仕事だった。



「おうなまえ、今日も茶ァ曳いてんのか。」



見世が開いて間も無いのに、佐々木は相変わらず豪華な羽織で格子の前へ来ると

なまえの顔を見るなり軽口を叩く。



「仰山曳いてしまいました、旦那も一服如何です。」



人を食った赤の紅を引いた唇を歪めて見せると、佐々木は面白そうに笑った。

皺の寄った笑顔がやたら目に痛くて、煙管を吸いこむと煙を苛立ちまぎれに細く吐いた。



「生憎、仕事中や。」



見廻組の中にはなんやかんやいちゃもんを付けて楼に上がっては

タダで酒と女を求める隊士も少なくない。

何が正義か朧な時代、刃物沙汰を避けたい楼の足元を見る輩は

別に見廻組に限った事ではないけれど。



「奇遇ですなぁ、わっちも仕事中でござんす。」

「然うか。邪魔したな。」



金襖の隙間から亡八や遣手が鋭く此方を伺うのを感じた。

新撰組だけでなく、攘夷派がやって来るのは別に珍しい事ではないけれど

尊攘派と鉢合わせして見世を壊されたり、女郎が殺されたりするのも珍しい事ではない。

何時の間にやら佐々木を追い払うのは、なまえの仕事に成ってしまった。

然うしてなまえの馴染みの政治被れには、袖にされんしたと適当に嘘を吐くのだ。



「佐々木の旦那、偶には息抜きなんぞ。」

「見廻組が客に付いちゃあ、お前の贔屓の壬生狼が逃げよるやろ。」



佐々木が顔を見せる様に成って幾時分経つ。

大門通りに面した名の有る楼だけに、新撰組でも来て居ると踏んだのだろう。

其れも嘘ではないけれど、別に真実でもなかった。

何せなまえが佐々木と遣り合って居るのを見た浪人等は、寄り付きもしないのだから。



「まぁまぁ旦那、偶には遊んで行かはりませ。なまえおつけしまひょ。」



楼主が恭しく手もみしながら佐々木の懐柔に現れた。

もっと早く出て来りゃあ良い物を、等と思いながら

心にもない笑みを浮かべて愛想を振った。



「こないな器量良し、別の客で忙しいやろ。遠慮するわ。」



なまえから目を離さず答えた佐々木は、またくるりと羽織を靡かせて大門通りに消えて行った。

ケチな野郎だねぇと楼主が呟くのに、はいともいいえとも答えず

何時もの様になまえはその方角をじっと見つめて居た。












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