其れから土方は三晩と開けずに見世に来た。

鬼の副長が馴染みについたと噂は直ぐ様広まって、安い初会は殆ど来なくなった。

だから元々馴染みの大店の若旦那や、入れ上げて居る大名が来ない日は

屯とお茶を引かされて堪らない。



「なまえ、新撰組の先生がお見えになるよ。」



藍に蝶の刺繍の入った流行りの着物で座敷へ向かう。

途中、散茶の女郎が二人こそこそと陰口を叩いて居た。



「鬼の副長が馴染みやなんて、どんな手練を使こたんやろか。」



おぉ怖いと肩を顰める女郎の、袖で隠し切れない口元がにやけて居る。

無視をしようかとも思ったけれど、今夜はやたら気が立つので

散茶の元へ歩み寄ると、どんとひとつ大きく足音を立てた。

二の句を次げない散茶を鼻で嗤って座敷に入ると、土方は何時もの様に静かに酒を呑んで居た。

なまえが隣に座ると、何時もの様に人払いをして土方は口を開いた。



「何時もあゝなのか、女と云う奴は。」



初めて土方が笑ったのを見た。

人を馬鹿にした様な笑いは、畜生の様にも見えるし

何か諦めた様な、還らない幼子を見る笑顔にも見えた。

如何返答すべきか少し迷って、何も言わずに酌をした。



「先生、今夜は如何致しんす。」



問うと、当たり前の様に土方は無視をした。

恐らく今日も泊まらずに帰るのだろう。

初会で合格したらしいなまえと、土方は床についたことがない。



「さびしい。」



口先だけでそう返すと、馬鹿を言うなと笑われた。

初会以来、土方は足繁く見世に通ってはなまえの馴染みの旦那の情報を抜いていく。

見返りに何時も幾許かの金銭を、懐紙に包んで置いて行った。

土方が帰った後に独寝の布団で懐紙を開くと、何時もあの独特な香が香った。



「先生が馴染みの旦那を皆殺しちまったら、わっちは食いっ逸れてしまいんす。」



自嘲気味に鼻で笑って、三味線の弦を調えた。

最近ではあんまり静かに呑んで、床にも着かない土方を不審に思われない様

唄のひとつも謳わせて貰える様になった。



「困らないだけは与えて居る。」



煙草盆に煙管を打ち付けた土方が、鬱陶し然うに応える。

良く見れば男前なのに、酒を呑んでも少しも紅くならない頬が憎らしい。



「身請け先は潰さないでおくんなんし。」

「宛が有るのか。」



いいえ、と答えると然うだろうと言いながらまた盃を傾けた。

下り酒を呑まない土方の選ぶ酒は、濁った江戸の水の味がする。

江戸へ上った事はないけれど。



「何時か先生しか馴染みがなくなったら、わっちは何に縋ればよござんすか。」



ゆっくりとひとつひとつ、なまえの馴染みが消えて行く。

屹度馴染みの切れ目が土方との縁の切れ目に成るのだろう。

年季が明けるが早いか、京の大店が費えるのが先か。

まぁ娑婆の事は如何でも好い。

如何せ生きては出られぬ身。



「私を強請ると云うのか。」



浅葱色の羽織を脱いでも、着物に染みついて居る鉄錆の匂いが変わらないのと同様

鋭い眼付きに変わりは無い。

眉間の皺が深くなって、ついとなまえは目を逸らした。



「簪よりも、良い物をやろう。」



怪訝然うな顔をした禿が置屋に届いた荷物を持って来たのは、次の日の夕刻だった。









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