事の発端はなまえが仕事を終えて帰宅したその瞬間だった。
週の中日、一日のパワーを使い切って家に着くと真島が来ていた。
一週間ぶりの恋人との再会だし嬉しくない訳では無かったのだが
『おかえり』という真島の声色に、ほんの少し嫌な予感がした。
休日の午後に何となく流しっぱなしにしていた情報番組の特集だった。
アナウンサーなのかタレントなのかわからない女性が美味しそうに頬張るスイーツは
福岡の方で有名なケーキなのだという。
ラーメン2時間も並ぶなんて信じられない、10分程度のアトラクションが180分待ちってどういうこと、という思考のなまえにとって
半年待ちにも関わらずネットで注文してしまったそのケーキは衝動買いだったとも言える。
しかしながら何となくスケジュールに記入しておいた『到着日』が近づいてくると
心が浮き立つのを日に日に実感していた。
柔らかそうなクリームが、口の中でとろけることを期待してやまなかった。
それが届いたのが、今日だったという不幸。
「ほんますまんって。な?」
ダイニングの上にある、すっかり空になってしまったケーキボックスは何となくそのままにしてある。
というよりショック過ぎて片付けるにも、視界に入れたくないが為に放置している状態だ。
大方何かのタイミングで宅配を受け取ってしまった真島が、小腹が空いたか何かで
ぺろりとそれを平らげてしまったのだろう。
それから何時間も、なまえはこうして様々なものを磨き上げ続け
そんななまえの背中に真島は謝り続けている。
「堪忍やって。この通り。」
「ホント、別に良いですって。子供みたいにケーキのひとつやふたつで不機嫌になったりしないですし残しておいて欲しいんだったらそう伝えておくべきだったんです報連相を怠ったのは私のミスですしそもそも半年も待つ価値があったのかどうかも今となっては不明ですし何より到着を待つというその愉しみをお金で買ったと思えばまぁ勉強代くらいにはなったかと思」
「怒ってるやん。」
ドアの装飾硝子のひとつひとつを丁寧に雑巾で拭いていたなまえがやっと手を止める。
覆水盆に返らず、消えたケーキを食べることはできない。
なまえが眉をの字に曲げて浅い溜息をつく。
「…ショックだっただけ。もう仕方ないし、気にしてないよ。」
クリーナーやら漂白剤やらにイライラを吸収させて少し落ち着いた。
確かにどんな味だったのか、リポーターの言っていたことは本当だったのか
とても興味があったけれど、そんなに固執することでもなかった。
力なく笑って許すなまえに、今度は真島の方が気落ちしてしまった。
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