治安が悪いのは重々承知、家賃が高いのも仕方ない。

なんせここは東京随一の繁華街。

だからといって絡まれて良いということには、ならないと思うけど。



「よぅネエちゃん、俺たちとイイコトしようぜぇ。」

「悪いようにはしねぇからよ。ほら、こっち来いよ。」



ありがちなシチュエーション、チンピラに絡まれる。

選択肢その1。

本来ならここで大声を出して往来に助けを求めるべきなのだろうけれど

昨今の腑抜けた日本人がそう易々と危険を冒してまで

見返りを求めず見ず知らずの他人を助けてくれるものかしら。

選択肢その2。

速やかにジャケットのポケットから携帯を取り出して110を猛プッシュ。

しかしこの至近距離でチンピラに携帯を奪われず、液晶画面を見ながら

悠長に指をスライドさせる余裕はあるかしら。

結果、詰み。



「めんどくさいなぁ…」

「心の声ダダ漏れじゃねぇかネエちゃん。」



あんまりのやる気のなさに、チンピラにツッコミを入れられる。

どうもヒロイン気質ではないところからも

白馬の王子様が助けに来てくれる気配はない。



「まぁ面倒なのはこっちも一緒だ。ほら、暴れんじゃねぇ。」



二人組の片方が、人気のない路地裏へ連れ込もうとなまえの腕を掴む。

とりあえず抵抗するも、若い男の腕力というものは侮れない。

どうせならこの腕力を活かして真島建設で活躍すればいいのに。

そして真っ当に汗水流したお給料を3ヵ月分貯めて、素敵な指輪を買って

ちょっと洒落たレストランなんかでプロポーズして

バラの花びらがバッサーってなってるベッドで、生涯守り抜くと誓った女を抱いた方が



「きっとお互いの為だと思うよ。」

「何の話だよ。」



あぁ、あんまり面倒なので途中の説明を省いてしまった。

訳の分からない顔をするチンピラが、力任せになまえを連れ込む。

弾みでよろけた拍子に、白いバッグに傷がついてしまった。

うわ、ショック。



「待ちな!」



安っぽい街灯が、見事に後光をライトアップして

高らかな声を張り上げた女がチンピラを呼び止めた。

そのよく通る声に一瞬動きを止めたチンピラたちがガンを飛ばしながら振り返る。



「アンタ達、寄ってたかって女ひとりになんてザマだい。」

「弥生さん!」



金のシガレットホルダーを右手に長々と据え、粋に着物を着付けた弥生がそこに居た。

チンピラたちは名前を聞いてもピンとこないようで、相変わらずオンドゥル言っている。

三下ですらないようだ。



「男の風上にも置けやしないね、とっとと失せな!」



弥生の背後からぬらぬらと現れた屈強な本職たちがゆっくりと近づくと

チンピラたちは尻尾を巻いて逃げだした。

足は渦巻きに見えるようで、いっそ感心してしまった。



「ありがとうございます、弥生さん。」

「礼はよしな。なまえもあんなチンケなチンピラにてこずってんじゃないよ。」



何の因果か知らないが、ご子息はたまになまえの家に上がりこんで

ゲームをやったり猫を愛でたり鍋をつついたりしている。

数年前の正月に、いつものメンバーと麻雀をやっているのを見つけた際には

会長としての振る舞いを息子に激しく叱責した後、出した雑煮に口を付けると

嫁に来ないかと誘われた。

その数分後には、「堅気のお嬢さんになんてこと、忘れておくんねぇ。」と

これまで言われたこともないような男らしい台詞を吐かれた。



「助かりました。お礼はまた改めて。」

「いいよ、うちの息子が世話ンなってんだ。」



それだけ言うと踵を返してセダンに戻っていく弥生の横顔に

ちらりと見える真赤な紅を注した唇が、きゅっと上がった。

黒塗りのセダンが静かなエンジン音と共に走り去って行くと

彼女の香水の残り香と、ぽとりと落ちた煙草の灰が残る往来が

まるで何事もなかったかのように動きだした。




夢も侘い、夜の花








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