beauté inégalable







「・・・あれ、なまえはんですか?」



ぽかんとした顔で西田が言う。

目線の先に居るのは、件の女性、なまえに他ならない。



「他に誰やっちゅーねん。」



その辺にあった実話系雑誌を手持ち無沙汰にくるくると丸め、西田の頭を叩く。

反応はしたものの、西田の目は相変わらずなまえに釘付けだ。



珍しく、真島組事務所に来客が来ている。

弥生の実家の姪だかなんだかで、小さい頃から本部ではたまに見かけていた。

まだ冴島が務所に入らず、真島の左目もちゃんとそこに収まっていた頃から。

何やら事情があるらしく弥生と3代目が預かることもしばしばだった。



年に1度くらいは顔を合わせていたのだが、特に会話をすることもなく

お互い面識がある程度といった関係だった。

正月に会えば挨拶をするし、大きくなったなぁなんて軽口を叩く間柄でもない。

元々が他人に興味の薄い真島である。

なまえが今日何の用で訪れたかすら、知るよしもなかった。




「親父! なまえはんでっか、アレ!?」



事務所の入口で構成員と何やら雑談しているなまえを遠目に眺めていると

西田と同じような反応の南が慌ただしく突入してきた。



「なんやお前ら。何を騒いどんねん。」



西田にお見舞いしたツッコミの4倍程度の回数で南を叩き、

どうしてうちの構成員はこんなに似たりよったりなのだろうかとため息をつく。



「何をお前ら、なまえチャンなまえチャン言うて騒いどる。」



書斎の大きなテーブルにドカッと脚を載せ、タバコを咥える。

すかさず南がライターを近づけた。



「そんなん言うても・・・ あんまり別嬪になってはるから・・・」



しどろもどろになりながら南が弁解する。

そういえば先ほどからなまえの後ろ姿しか見ていないような気がする。



「・・・まぁええわ。何の用や。」

「それが、親父に挨拶しに来はったみたいなんですけど・・・」



大げさなクリスタルの灰皿をすすっと滑らせる南。

対して、西田はというと相変わらずなまえにポーッと見蕩れている。

他の構成員も同様に、立ち上がって見蕩れ、背伸びして見蕩れ、盗み見て見蕩れている。




「せやったら早よこっちへ寄越さんかい!!」



職務放棄中の部下たちに腹が立ち、南と西田をどやしつける。

はィィッ!!と怯えた二人がそそくさとなまえを迎えに行った。



「真島さん、ご無沙汰してます。」

「おぅ、偉い久々やの。」



ハイヒールの音を響かせながら、スーツ姿のなまえが現れた。

特に親しい間柄でもないが、知らぬ仲でもない。

とりあえず真島は応接セットの対面に腰掛けると、傍に居た構成員に飲み物を持ってくるよう指示した。



「挨拶しに来たって聞いたけど、そらまたどないしてん。」

「えぇ、実は社労士事務所を構えることになりまして。」



挨拶がてら、営業にと。



苦笑混じりに笑い声が聞こえたので、なんだそんなことかと顔を上げる。

忙しなくタバコを吸っていた真島の唇から、吸いきれなかった紫煙が漏れる。



「・・・なまえチャン・・・かいな。」

「えぇ、そうですけど・・・?」



なにか、とでも言いたげに眉を顰めたなまえの頭上に?が浮かぶ。

正直、真島が本日なまえの顔を見たのはこれが初めてだった。

なんとなく顔を見ないまま椅子を勧め、

なんとなく顔を見ないままタバコに火を点けたりと、意識が散漫だったからだろうか。



「・・・そら、そやわ」



西田や南がぽぉっと見蕩れていたのも合点がいく。

今、目の前に居るのは絶世の美女。

そこらのアイドルや、旬のキャバ嬢、タレントじみたモデル等蹴散らしてしまうような

目の覚めるような凛とした女性だった。



「何がでしょう?」



相変わらずなまえの眉間にはひっそりと皺が寄せられているものの

その表情を補って余りある女性らしさや爽やかな色気。

子供の頃の面影を伺い知れる様子といえば

明るい茶色の瞳の色と、ほんの少し大きめな下唇のぽってりした感じだろうか。



「えらい別嬪さんになってもうて。」



いやァ、オジさんビックリしたでと軽口をつごうにも喉が動かない。

昔本部で弥生の後ろに縮こまっていた人見知りな子供が

セーラー服を着て葬儀に参列していた純朴そうな少女が

こうして一人の女性として、こんなにも美しく成長しているとは。



ご冗談、と一笑にふすなまえの微笑みは

百合の花のようでふんわりとなまえの色香を漂わせる。



「真島さんこそ、随分と貫禄をつけられましたね。」



すっかり吸うことを忘れてしまっていたタバコの灰が落ちそうになっていたのを

なまえがやんわりと灰皿に落とす。

近づいたなまえの香りは、石鹸のような少し甘い香りがした。




ときめきと称するには気恥ずかしい年齢を迎えたにも関わらず

真島の目は未だになまえから離れないでいる。

その睫毛が動く動作も、流した前髪がさらりと額を撫でる様も

一挙一動が男を捉えて離さない。


そんな女に、なまえは成長していた。



「・・・参ったわ」



やっとの思いで動いた腕で後頭部をガリガリと掻き毟り

なまえの顔から目をそらす。

あの気の強い弥生姐さんが健在なだけに、迂闊に手は出せないが

これは放っておけない逸材だ。

そんななまえが優しく微笑んで、挨拶に来るものだから

ついつい迫りたくなってしまう。



「何もわざわざウチでなくとも、他にも仰山営業先はあるやろ。」



きっとなまえ自ら営業に出向いただけで、大抵の男は契約してしまうだろう。


美人は得だと昔から言われているが

これほどの美人だと得どころか引く手数多の大繁盛か。



「それが、真島さんの所をお手伝いしろと弥生さんが。」



美人は声すら美しいのか。

なまえの声は記憶にある幼い頃の甲高い声色とは変わっていて

落ち着いた、痺れるほど甘い女性の声になっていた。

女も声変わりをするのだろうか?

否、違う。

惚れた女の声は熱く溶かされた鉛のように耳に注ぎ込まれるものなのだろうか?



「弥生姐さんが・・・」


「それもありますけど」



構成員が熱いコーヒーを二つ、応接用のテーブルに並べる。

つとと話すなまえは彼がコーヒーを並べ終えると

ありがとうございます、と笑顔を向けた。

勿論、静かな応接室でその男のバクバクと煩い鼓動の音は

大音量で伝わってしまっていたのだけれど。




それでも、なまえ本人は知ってか知らずか

また淡々と話を進めだした。



東条会本部に収めているシノギの割合の多い真島組を任すと姐さんに言われていること


表面上株式会社化している為、ある程度の書類を整えなければ税務署のガサが入ること

現状のままでは、構成員が泣いて警察に頼った際に想像以上の大事になること

そして、その他諸々のよくわからない、難しいこと。




「こんな問題、片付けられる社労士なんてそうそう居ませんし。」



話し終え、コーヒーに口をつけるなまえ。

ブラックのまま飲むところが、イメージ通りで擽られる。

あぁ、きっとこのイメージが普段もそのままなのであれば

褥でもきっとこんな風なのだろうなと、青臭い想像力を掻き立てられる。



わかったと一言呟き、真島も同様にコーヒーに口をつけた。

熱いコーヒーは舌に痛かったが、それでもやはり目線は

その美しく睫毛を伏せる顔に注がれていた。



カチャン、とソーサーにカップが接触する音がして、なまえは顔を上げる。

真島は相変わらず離せずにいた目線をそのままに

なまえがほんのり眼を細めて微笑むのを眺めていた。



それに。



「私もそろそろ、真島さんの恋愛対象に入れる年齢ですしね。」





また来ます、と言い捨てると、なまえは勝手に席を立ち応接室を後にした。

入室時と同様カツカツと小気味良いヒールの音を響かせながら

まだ呆気に取られている真島を振り返りもせず、大きな扉をすり抜けていく。



隣の部屋に溜まっていた構成員が、尋常ならざる音量でお疲れ様です!と叫ぶ。

フロア一体の温度が、なまえによって上昇されたのを肌で感じた。



「・・・コマっしゃくれた女やで。」



苦笑しながら、眉間に手を当ててくつくつと笑う声が抑えきれない。



どのようにして、落としてやろうか。

どのようにして、自分の女にしようか。

そしてどのようにして、可愛がってやろうか。



きっと一筋縄で落ちるつもりもないのだろう。

他に男を作ろうと思えば、いくらでもできるのだろう。



ただ、先ほどのほんの10分そこらの会話で

なまえはただの見知った子供から、今一番手に入れたい女へと変貌を遂げた。

加えて自分に好意があることを匂わせて。



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