スイートスット






真面目にスポーツに取り組んでいる人には悪いけれど

バッティングセンターなんて、ストレス解消にしか使わない。

ガシャガシャとオイルの足りていないマシンから放たれる白球は

たぶんどこぞの野球強豪校の球より使いこまれている。



ガツン

課長の馬鹿野郎、言ってることが毎回違ぇんだよ

ガキン

新入社員の甘ちゃんめ、謝りゃ済むと思ってんじゃねぇよ

バスン

あのクライアントのクソ親父、元はといえばおめぇの所為だろうがよ

ゴツン

嫌味な親戚のオバハン、てめぇの若ぇ頃の武勇伝なんざ聞いてる程暇じゃねぇんだよ

バシン

どいつもこいつも学ばねぇ、ちっとは頭使うことを覚えろってんだよ



100円で5球とはしけたものだ。

昔はもっと安くて、もっと長く遊べた気がした。

ふぅ、と息を整えて財布の中からもう100円取り出そうと荷物置きに向かうと

隣のバッターボックスから大柄な男が声を掛けて来た。



「だめだめ、そんなフォームじゃあ身体痛めるよ。」



男は緑色のフェンス越しに、さも残念そうな顔をしていた。

まだ若そうなのに平日のこんな時間に革ジャンにジーンズなんて、働いていないのだろうか。



「は?」

「野球はさ、もっと真摯に向き合って欲しいな。ストレス解消の道具じゃないよ。」



朝一のグダグダ会議に始まり、押し付けられた残業の後に見知らぬ男からの駄目出し。

もう今日は本当厄日。



「ほっといてください。」

「いいや、嫌だ。それに、もっとちゃんと打てた方が楽しいでしょ?」



まぁ確かにそうかも知れない。

先ほどからなまえの打つ球は鈍い音を立てて、マシンのネットを越えもしない。

球に空気が足りないのだと思いこんでいたけれど、そういえば隣の男の打つ球は

木製バットの癖に良い音がしていた。



「俺、品田。元プロ。ねぇ、お姉さんはなんていうの?」



プロ野球が中継をしている時間に家に帰れることなんてないし、元プロと言われても信じようがない。

それでも特に悪い人には見えない気がして、なまえ、と不愛想に呟いた。

なまえちゃんね、と笑う歯は白かった。


「1回さ、打ってみてよ。俺のアドバイス通りに。」



なまえの勤める会社や、周りには居ないような立派な体格は

元プロだという彼の主張に信憑性を持たせた。

どうせまだ打つ気ではいたけれど、こうも茶々を入れられては気が散る。



「そんで、スッキリしたらなまえちゃんの奢りで1杯。しなかったら、俺が奢る。」



少し逡巡したけれど、品田がジーンズのポケットから100円玉を取りだしたこと

それにどうせ今日は厄日なんだという変な開き直りのせいで

ついこの不審な男の話に乗ってしまう。



「私にメリットないじゃない。」

「スッキリするし、イイ男と酒が飲めるよ。」

「良い男なんてどこにいるの。」

「俺。」



悪戯っ子のように満面の笑みを浮かべる品田は、ホストにはとても見えないし

客引きするにはあまりにも非効率的過ぎる。

とっとと終わらせたい一心で、と自分自身に言い訳をした。



「店は、私が決める。」

「了解っ!」



弾むように嬉しそうな返事をした品田が、100円玉を入れると

またオイルの足りていなさそうな音でマシンが稼働した。

バットを構えるなまえに、品田の視線が突き刺さる。



ガツン

「もっとバット、長く持って。」

ガキン

「右足に力入れて。左じゃない。」

カキン

「顎引いて。」

カキン

「肩、力抜いて。」

カキン!



初めて球が遠くのネットを揺らした。

振りぬいたバットが気持ち良さそうに振動している。

おぉ…と球の行方を見つめるなまえに、品田が心底嬉しそうに笑いかけた。



「どうだった?良かった?」


さっきまであんなになまえを苛立たせていたストレスは、金属バットが白球に乗せてどこかへ飛ばしてしまった。

右手に残るちょっとした衝撃は、爽快感になって頭の中をスッキリと駆け巡る。



「…角の居酒屋。行きつけなの。」



行くわよ、とバットをプラスチックの筒の中に立てかけてバッグをひっかける。

良いフォームだったとついてくる品田に、初めて笑顔を向けてありがとうと伝えた。

今日が厄日だなんて、一体誰が言ったのかしら。









You always know my sweet spot





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