これからもうをしなければ





仕事で登録されている番号からかかってくる電話は、なるべく全て取るようにしている。

でも打ち合わせが立て込んでいたりして、不幸にも留守電になってしまった時

少し嫌な気分になるくらいなら、あの留守電を消してしまえたら良いのに。

あぁ、どうして保存されたメッセージは一番最初に流れるのだろう。



渡瀬に会うとドキドキして、甘酸っぱい青春はとうに過ぎたというのに

情欲とは少し違う、純粋な好意が身体の中心にふつふつと現れる。

日陰者と呼ばれる立場かも知れないが、自分の信じる道をまっすぐ進む彼を見ていると

自分はなんて薄っぺらい人間なのだろうと思い知らされる。

よく笑い、よく食べ、よく呑んだ。

シンプルな男らしさは、堅気のなまえでさえ虜にしてしまう程なのだから

そちらの世界で成りあがっていくのは然も有りなんと思われた。



仕事を通じて知り合った男に、ここまで入れ込むとは。

自嘲しながらすっかり暗くなった街道を家までたどり着き、部屋の鍵を開ける。

出社した時そのままの空気がなまえを待っていた。

バッグを床に放り出して、コートを脱いで重たいネックレスをドレッサーに投げた。

一連の流れのように窓際の小さなテーブルに腰かけて、煙草を点ける。

仕事中に煙草を吸う暇もなくなったのは、自分のせい。

忙しく仕事に打ち込んでいれば、少しは渡瀬に近づけると思った。



「軽々しく極道モン家に上げたらあかんで。」



初めて一緒に食事をした際、なんとなくそんな流れになって

なまえが家に誘った時に渡瀬に言われた言葉が頭に浮かぶ。

この家に連れ込んだ男は片手では足りないかも知れないけれど

断った男は初めてだった。

何度も彼とは身体を合わせたけれど、その時は必ずホテルと決まっていた。

朝日が昇る前に必ずタクシーを呼んでくれて

自分はやたら高級そうな黒塗りのセダンを呼び付けて、別々に帰って行った。



風の噂で、渡瀬の昇格が決まったと聞いた。

最近東の方と何やらやっているなというのは薄々気付いていたけれど

跡目争いの最中で、なんて言う男ではなかった。

きっと自分以外に女もたくさん居るだろう。

これからは彼を支えていける、そちらの世界で立ち回っていける良い女が必要だろう。

出会って日も浅い極道者を、軽々しく家に上げるような女ではなく

仕事に打ち込んで別れの挨拶すら逃げだすような女ではなく

思慮深くて美しい、強い女性が渡瀬には必要だ。



煙草がゆっくりと短くなって、開け放した窓から流れ込む夜の空気が

起き抜けのまま時間ごと保存されていたような部屋に、一日が終わりかけていることを告げる。

フィルターに口を付けて大きく吸いこむと、喉が熱くなった。



高級層な腕時計、硬い髭、大きい掌、爪の形。

香水の匂い、舌の温度、なまえと呼ぶしゃがれた声、濃い色の三白眼。



携帯に手を伸ばして、留守電を確認する。

新しい伝言は3件もあると知って、これでまた少しの間渡瀬の事を忘れられると安堵した。

煙草が吸い終わらない内に聞いてしまわなければ、また流れてしまう。

低い声でまたかけると残されたメッセージを、今日もまだ消せないでいる。





この想いは、実と呼ばれるの?





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