言令色



案の定、リビングで佐川は灰皿を探している。

信憑性を増す為に、自分の煙草は仕事用のバッグの中に隠した。

何年も住み慣れた自分の家なのに

佐川がそこに居るというだけで他人の家のように白々しくなるのは何故だろう。



「珍しいな、まだ平日だってのに。」



灰皿詮索を数分で諦めた佐川は、スーツの内ポケットに煙草を仕舞うと

スツールで事の成り行きを見守っていたなまえの向かいに腰掛けた。

酒も煙草もない空間では、どう接したものかわからない。

佐川と会う時はいつもアルコールが必要になったのはいつからだったか。



「話があって。」

「なんだよ、改まって。」



金か?と問う佐川のへらへらした笑顔は、きっと刺青の様に彼の顔に貼りついたものなのだろう。

首を横に振って目を背けると、居心地が悪そうにまた佐川が笑った。



この決定の為に費やした時間なんて、佐川がさっき灰皿を探した時間にも満たないと思う。

佐川と別れようかな、と一昨日の午後にふと思い付いただけのこと。

煙草を一本吸う間に、別れる理由を探したけれど思い付かなくてもう一本点けた。

別れない理由を探しても、やっぱり見つからなかったから

もうこれでお終いにしよう。



「そういやさ、こないだお前が欲しがってた車。」



つらつらと、佐川の口から流れる言葉が耳に入らない。

やたら高級な総革張りのスポーツカーを冗談で強請ったのは半年程前だったか。

今になって思い出したかのように買ってやるなんて、嬉しくない。



「いらない。」



饒舌な佐川のスピーチを一言で区切ると、訝し気に口を噤んだ。

他にも女は居るだろうに、自分に固執する必要なんてないじゃない。

所有欲の強い佐川にしたら、自分から離れて行くものは何でも許せないのかも知れない。

飄々としている癖に、その皮をベロリと剥いでみると

独占欲や自己顕示欲に塗れたどす黒い男なのだから。



「妊娠したの。」



吐き捨てる様に言うと、時間が一瞬止まった気がした。

少しは動揺するかと思ったけれど、相変わらずあのへらへらした顔のままで

ほんの少しだけ目元がぴくりと動いたくらい。



「めでてぇじゃねぇか。」



如何にも喜んでいます、という口振りで佐川がスツールに腰を掛け直す。

なまえが真顔のまま対面の佐川を見つめていると

めでたい、めでたいと何度か口の中で呟きながら目を逸らした。

結構永いこと一緒に居て、何を考えているのかは未だによくわからない男だけれど

次にどうするかはよくわかる。



「うん、祝ってやらねぇとな。なんだ、えーっと、赤飯か。」



ちょっと買って来てやるよと席を立った佐川を、なまえはじっと見つめていたけど

彼は決して目を合わせたりしなかった。

なまえの横を通り過ぎ、玄関へ向かう彼の背中に返事が書いてある気がした。

玄関の無駄に重い扉がいつも通りの金属の音を立てて閉じられたのを聞き届けると

なまえは仕事用のバッグから煙草を取りだして火を点けた。



妊娠は嘘。

佐川はこのまま二度と戻って来ない。



どちらがズルいかなんて、考えるだけ無駄なこと。

吸いかけの煙草を、佐川の残した飲みかけのコーヒーカップに放り投げて鎮火した。



鮮矣





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