ーノ



一日中薄暗い部屋の中で仕事をしていると、今が何時なのか何日なのかわからなくなる。

朝なのか昼なのか、夏なのか冬なのか、

生きているのか、もう死んだのか。

ずっと永い間起動し続けていたPCが沈黙すると、なまえは大きな溜息をついて

振り返ることもなく玄関を通り抜けた。



雨が降っているけど、傘を持っていない。

控えめな滴がぽたりぽたりと白いシャツに広がるたびに、じんわり体温が抜けていく。

あぁ、やっぱり生きていたのか。

外は薄らと灰色に明るくて、それが朝日なのか夕暮れなのかわからなかった。

人通りがあんまり少ないので、きっと明け方なのだろう。

きっとこれからこの道を、色んな人々が色んな思いを抱えて

早足だったりゆっくりだったりしながら歩いて行くのだろう。

ぼんやりした頭に冷たい雨が心地よくて、ぶらぶらじくざぐ歩いてみる。

慣れ親しんだ蛍光灯の明かりが目に入って、コンビニの喫煙所で煙草をふかした。



「よぉ。」



ぼぉっと咥え煙草をしている右耳に、いつか聞いた声が聞こえた。

ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま振り向くと、いつもと変わらない眼帯とパイソン柄が目に煩い。



「真島サン。」



名前を呼ぶと、長い足をぶらぶらさせながら寄って来た。

不規則な生活を送る者同士、狭い街で出会うことは必然なのかも知れない。



「何してんねん、朝っぱらから。雨やし。」



灰皿を挟んでなまえの反対側の車止めに腰を掛けた真島からは少し酒の匂いがした。

そのまま自分につき返されてもおかしくない質問を放り投げたまま

真島は煙草に火を点けた。



「家出…?」

「ジブン独り身やん。」



なまえの煙草よりずっと白い重たい紫煙を吐きだしながら、真島がひとりで笑う。

まぁ、家出みたいなものだ。

冷え切った、仕事とコーヒーしか待っていない自分の城から逃げだした。

締め切りや人生の諸々から逃げだした。

帰る所はそこしかないけれど、少し逃げたって罰は当たるまい。



「びしょびしょやん。傘は。」



煙草を挟んだ中指と人差し指でなまえを指しながら問う。

質量のある紫煙は湿気に負けて、怠そうに地べたへ流れていった。



「真島サンも。」



車止めの隣に、乱雑に放り投げられた黒い傘を顎で指摘する。

傘を持っている癖に、髪がやたら濡れていて

何度も掻き上げられたのだろう、湿った前髪が後ろへ流れている。

真島がさも今気づいたかのように傘を見遣って、笑った。



「これ、差す用とちゃうねん。」



ヒヒ、と歯を見せる笑顔でその傘を何に使うのかは聞かなかった。

知りたくもないし、知った所でどうしようもない。

ふぅん、と呟いて止まない雨を見上げた。

少しは小雨になっただろうか、それでもまだコンクリートを濡らす雨は

しとしと、しとしと、柔らかい筋を描いて空から落ちてくる。



「止みませんねぇ…」

「止めへんなぁ…」



もう一本吸おうか、それともコーヒーでも買って帰ろうか。

新しい一日はまだ始まったばかり。




覚醒を要する今と云ふ





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