Effrayé





会社はひとつの小さな社会に過ぎない。

ブラックがどうだと騒ぐ割に、他の会社へ目を向ければ

なぁんだ、うちの会社って普通に結構ホワイトじゃないなんてこともある。

同じように、職場で流行るものも何が来るかはわからない。

先月は確か隣の駅のアップルパイが流行っていた。



「まだ寝ないのか。」



日付が変わって数時間、じっとテレビを見つめるなまえに

不機嫌そうな峯が声を掛けた。

無表情に見られがちな彼だけれど実は

お腹が空いていたり、眠たい時は結構分かりやすく不機嫌になる。



「んー、あとちょっと。」

「ガキでもねぇんだ、大概にしろ。」



職場で今流行っているもの、ホラー。

とうの昔に夏が過ぎて、そろそろ歳を越そうという頃になってこんなものが流行るとは。

きっかけは確か、職場の女のコがハマって居るホラー映画だった。

それが広まって、なまえも部下に勧められたホラー映画にすっかりはまってしまった。

幽霊等を信じている性質ではないけれど、独特な音響や演出は面白い。

特に、『あぁ、くるっ!』なんて臨場感が堪らないのだ。



「一緒に観る?」

「くだらん。」



誘いを一蹴して、さっさと一人寝室へ向かう恋人の背中に

オバケ怖いの?なんて軽口を叩くと

これ以上なく不機嫌そうな溜息と共に峯の姿が寝室へ消えた。

尤も、彼ならオバケもその溜息で祓ってしまいそうではある。



薄暗いテレビの中では髪の長い女が、主人公の背後に立っていた。

おぉ…と少し姿勢を正す。

映画は佳境に入っていて、主人公への霊の接触が顕著になってきていた。

ワインがすっかり空になってしまったのも厭わず、なまえは画面に集中している。



『まさか…これって…』

『ヴぁァ・・・・あ・・・』


BGMが大きくなって、主人公が振り返る目玉が大きくクローズアップされる。

青く暗いテレビ画面に、若い女優の白い眼球がいっぱいに広がった。

























「おい。」

「きゃああああ!!!」



次になまえが感じたのは、フローリングの冷たい感触だった。

驚いてぱちぱちと瞬きする目に、のぞき込む峯が映る。

ローテーブルとソファの隙間に落ちてしまったと悟ったのは、その更に数秒後だった。



「ビビり過ぎだろ。」



笑いを噛み殺した声で峯が手を伸ばす。

その手を掴んで身体を引き上げると、心拍数が落ち着いて途端に恥ずかしさが増した。



「後ろから声かけるのは、反則。」



相変わらず小さく肩を揺らしながら、峯がウォーターサーバーへ向かう。

映画では何やらぎゃあぎゃあと騒いでいるけれど、もうそれどころじゃない。

あの女の霊の呪いがどうこうより、恋人にこんな姿を見せてしまったことの方が気になる。

おどろおどろしい画面をボタン一つでプチンと消すと、

寝室へ戻る峯の後ろへ着いて向かった。



「もう観ねぇのか。」

「うん、もう良い。」

「怖ぇのか。」



にやにや笑う峯に、返事をする代わりに寝室のドアを閉めた。

別に怖がってはいないけれど、恥ずかしがっているのと素直に伝えられたら

どれ程可愛いことだろうと思いはすれど

なんだか術中にはまったようで気まずくて、別に、と一言呟いた。




それなりのえ方で





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