Lasci vanno oltre






もしも自分の身内が、こんな極道にどっぷり浸かった日陰者に惚れたとしたら

全力で阻止するだろうし、ともすれば相手を殺し兼ねない。

それでもなまえと未だ時間を共にしてしまうのは、許されているような気がして居心地が良いから。



「あ、電話くれたら良かったのに。」



もうすぐ日付も変わる頃だというのに、合鍵を使って部屋に入ると

まだ起きていたなまえはパソコンの前で振り返った。

パソコンの左側には何やら印刷された資料がたくさん散らばっていて

右側にはコーヒーとスナック菓子の空き袋が置いてある。

碌に飯も食わず、適当に食事を済ませてしまうのはこの女の悪い所だが

何度言っても聞きやしない。



「起きてる思わんかったからな。」



ひとつ大きく伸びをしたなまえが、冷めたコーヒーの入ったマグカップを持ってキッチンへ向かう。

シンクへ液体が流れる音がしたかと思うと、がさがさとどこかを探る音がした。



「今何もないわ、ごめん。」



冴島がソファにどかっと座り込むと、キッチンから戻ってきたなまえが綺麗になった灰皿を持ってやって来た。

もう片方の手には缶ビールが2本握られている。



「呑むでしょ?」



返事をせず手を伸ばすと、冷たい缶が指に当たる。

隣に座ったなまえの重みで、ソファが少しだけ揺れた。

お互い何も言わずプルトップを開け、乾杯もせずごくりと喉を潤す。

手持無沙汰になまえがテレビを点けると、不景気なニュースが流れていた。



「邪魔したか、すまん。」

「ううん、ちょうど煮詰まってたし。」



テレビを観ながら謝ると、同じくテレビを観ながら返事をされた。

触れあっては居ないけれど、体温を感じる程には近い。

半月振りに会えた恋人にときめく年齢でもなければ、忘れている程馬鹿でもない。

それでも冴島がなまえと名前を呼んでやると、缶に口を付けようとしていた顔を擡げて

なに、と優しい声で問うた。



「別に何もなかったわ。」

「何それ。」



くすくす笑いながらまたなまえはテレビへと向き直った。

大きな企業の不正が審らかになって大騒ぎしているけれど、こちらの世界から見れば今更何をぬかしているのだとアホくさくなる。

ごまかしあいの上に成り立つ思いやりもあるのだ。



「来る時は事前に電話してって、いつも言ってるのに。」



大きなソファは冴島がなまえの家に通い始めた、数週間後に購入されたものだった。

なまえなら悠に4人は掛けられるであろう家具は肌触りが良かったけれど

この家には少し不似合だった。

新しいグラス、新しいベッド、新しい食器。

どれも、気づけばなまえが冴島の為にと誂えたものが日に日に増えていた。



「すまん。」



事前に電話をしないのは、連絡をすればきちんと夜食や風呂が用意されているから。

この女の血液型は知らないが、別に結婚しているわけではないのに

忙しい仕事の合間を縫って、なまえは必ず食事と寝床の用意をしてくれた。

謝りながら頭を撫でてやると、なまえが横顔で笑いながら

ほんの少しだけ頭を傾けた。



「すぐ遠慮するんだから。」



初めこそ身体の関係もキスも甘い睦言もあった。

そんな恋人らしい営みは忽ちの内に消えて、こうして穏やかなひと時を過ごすことを

お互い欲しているのはすぐにわかった。



「気ぃ使わせるんも悪いしな。」



指の隙間を通り抜ける髪が酷く柔らかく、女の髪だと思う。

遠い日に適当に結ってやった妹の髪を思い出す。

何ともない顔でテレビを眺めるなまえの後頭部と同じ体温になった掌を

きっとなまえも誰かと重ね合わせている。



「別に良いのに。」



いつか、彼女が話していた昔の恋人は今どうしているのだろう。

とても大切な人だった、と称された男は、死んだのかただ別れたのかは知らない。

優しいところがとても似ているから、となまえは言った。

だから冴島が好きなのだと。



「次からそうする。」



大人になってからの妹がどんな性格だったのか、

どんな癖を持ってどんな酒を呑んだのかは知らない。

ただ黒い髪と白い肌、何より年齢が妹と似ている。

だから冴島もなまえが気に入っているだけなのかも知れない。



「前も、そう言ってた。」



くすくす笑いながら、なまえが最後の一口を飲みほした。

すっと冴島の缶に手を伸ばして重さを確かめると、何も言わず新しい缶を持ってきた。

気の利く所もきっと、妹に似ていたかも知れない。

手を伸ばすと、当たり前のように胸に頭を預けて来た。

お互い違う人を想って、穏やかに切ない夜をやり過ごす。





生きる為に必な作業なので、



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