前に会ったのはいつだったか、もう思い出せない。

だから何を着たのかも勿論わからない。

別に西谷に会う為に服を買うんじゃない、ちょうど欲しかったところだと自分に言い訳をした。

若い、化粧の濃い店員が『私も今着ていて』なんて言うのを聞き流して

マネキンの服を一式購入した。



「悪いな、遅なったわ。」



待ち合わせに指定された喫茶店で、そろそろコーヒーもお代わりを頼もうという時分になって

どっかりとなまえの対面に腰掛けた西谷からは懐かしい匂いがした。

変わりない口調は、勿論悪びれる素振りも感じない。



「遅い。死んだかと思った。」

「まぁまぁ、来たんやからええやん。」



相変わらず別嬪やなぁ、なんて適当な煽て文句を使う顔は少々やつれたか。

いや、違うかもしれない。

何しろ長いこと会っていないのだから。

水を出しに来た店員を手で制して、西谷が飯でも食いに行こかと席を立つ。

新しく買い揃えた服には、一言も触れなかった。



「最近どうや、調子は。」



流行りの、少し薄暗いレストランでは西谷の大きな声はよく聞こえた。

個室になっていて本当に良かったと胸をなでおろす。



「別に。」

「ほぉか。相変わらずか。」



その相変わらずは何を指しているのだろう。

相変わらず仕事人間なことを指しているのか、前に話したあの頃ハマっていた趣味のことを指しているのか。

デート向けのレストランなのに、メニューも見ずメインを注文する西谷に少し悲しくなる。



「これ、旨いねんで。」



運ばれて来た肉料理を、西谷はさも美味しそうに平らげた。

時折なまえに味の感想を求めるけれど、なまえは曖昧な笑顔で返した。

誰と来た時に食べたの。

そんなことを聞いたらきっと嫌われてしまう気がする。

メインは確かに美味しかったけれど、それ以上に認めるのが癪に触る。

鴨肉の味を打ち消すように、なまえが赤ワインをがぶりと呑むと

ええ飲みっぷりやな、と嬉しそうに笑った。



「例の刑事さんには、相変わらずお世話になってるの。」

「あん?あぁ…」



西谷の目が泳いだ。

そうだ、忘れる所だった。

彼と会う時は、何か楽しい話をしていなければ。



「そういえば、前の映画の続編が来年公開だってね。」



前回だったか、その前だったか。

とにかく西谷と一緒に観た映画の新作が数か月後に公開するようだ。

確かその頃はなまえの髪も今より短くて

今よりはまだ頻繁に連絡が来ていた頃だった。


「せやねん。誘お思ててん。」



絶対、嘘だ。

わかっているけど、口に出したら終わってしまう。

嬉しそうな作り笑顔を顔に広げて見せる。

きっと西谷には、それがお愛想だとわかっているのだろう。

それ以上突っ込まない所がやはり賢い男だな、とも思うし

表面上それなりにやっていければそれで良い、と思われているんだろうなぁと

同じく賢いなまえは思う。



「そん時は、もうちょっと身軽んなってるやろし。」



新調したコートを見遣りながら、ワインを傾ける。

派手好きな彼が好むよう購入した、少し重量のあるコートはきっと今夜しか使わない。

こんなコートを着た女が似合うのは、西谷以外に居ない。

次に会う時があるとすれば、きっとコートなんか着ない時期だから。



「その時まで生きてたらね。」

「縁起でもないこと言いよんなぁ。」



この後ホテルにでも行って、そして朝起きたら居ないのだろう。

彼の匂いの残る寝具を名残惜し気に一度だけ抱き締めて、なまえも日常へ戻っていくのだろう。

そうしてやっと少し忘れかけた頃にまた連絡が来て、こうしてなまえの心に波風を立てて

同じことの繰り返しを、ずっとずっと。

その時はまた一式新調しなければなんて考えて

残りのワインで唇を潤した。





梅のる午後にもちゃんと二人は




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