高圧的ルールカ




忙しいからといって帰宅後の手洗いうがいを疎かにしていたせいだろうか。

それとも煙草の吸い過ぎか、連日の酒の呑み過ぎか。

朝起きたら、声が出ない。



「あれ、いつの間にアマゾン来たんすか俺。」



加湿器をフル稼働させて、かなりじっとりした室内に入るなり

馬場は怪訝そうに上着を脱ぎ捨てた。

仕事は一日筆談で乗り切ったものの、明日は重役も出席するプレゼンがある。

どうしても声を直しておく必要性に駆られて、今日はもう声を出さないことにした。



「風邪?なまえさん、いつもお腹出して寝るからですよ。」



憎まれ口を叩く恋人の脇腹に一発蹴りを入れる。

いて、と笑いながら馬場は持ってきたビニール袋からビールを取りだした。



「んー!」

「ダメですよ。なまえさんはこっち。」



夕方にメールで喉の調子が悪いことは伝えてある。

顔を見に寄ると馬場からの返事が来て4時間、コンビニに寄って来たらしい彼に渡されたのは

如何にも喉に良さそうな、蜂とレモンのパッケージの暖かいジュース。

不服そうな顔のなまえを満足そうに見遣りながらビールを呑む馬場は

サディストの才能があるように思えた。



「タバコもダメですよ。もちろん。」



ダイニングに置いてあった煙草を鋭く見咎めて取りあげられる。

部長には早く帰ってゆっくり休むようにと、仕事を持ち帰らせてもらえなかったし

酒もたばこもないとなれば、本格的にすることがない。

つくづく空っぽな女だな、と少し悲しくなった。



「はい、喉見せてくださいねー。」



唐突に馬場がなまえの顎を掴むと、大きく口を開かせる。

これが今流行りの『顎クイ』というやつか、とも思ったけれど

あまりにも色気がなさ過ぎて、されるがままに口を開けた。



「あー、だいぶ腫れてますね。喋んない方が良いですよ。」



だから喋んないんじゃない、なんてツッコミを入れることも出来ず

手持無沙汰に馬場の腕を小突いてみた。

はいはい、と軽く流す馬場は意地悪くニヤニヤと笑っている。



「静かななまえさんも斬新ですね。いつもは我儘言い放題なのに。」



肩揉んで、に始まり、コーヒー淹れてだとかタオル持ってきてだとか。

面倒見の良い馬場に甘えて、いつもなまえは小さな我儘をたくさんしてしまう。

多少嫌そうにする時もあるけれど、結局何だかんだやってくれる馬場となまえの関係性を

冴島が以前「うちの犬とは偉い違いや」と笑っていた。



「ん、んん。」



まだ温かい蜂蜜のジュースを、ちびちびとソファで啜っているなまえの脇腹に

するりと馬場の長い腕が回される。

零してしまわないよう、ジュースをローテーブルの上に避難させている間にも

馬場はなまえの首筋に顔を埋めてくる。



「熱はないんですね。いつものなまえさんのにおい。」



くすぐったい上に少しイヤらしくて、身体をねじって逃げようとしたけれど

意外と筋肉質な彼の腕力に敵わない。

抵抗する声を出そうとするけれど、一日使っていない喉は上手く働いてくれず

可愛いうめき声を出すばかりだ。



「んん、んー!」

「え、なんですか?もっと?しょうがないなぁ。」



表情は見えないけれど、どんな顔をしているのか大体想像はついた。

首筋に暖かい吐息を感じたかと思うと、部屋着の隙間から入ってきた冷たい手が

腹筋を上に向かってさらりと撫でていく。



「んん!んん!!」

「足りない?今日はなまえさん積極的ですね。」



両手足を使って抵抗したけれど、所詮一人の男と女。

腕はあっという間に組み敷かれ、ソファに仰向けに倒されたかと思うと

うなじを撫でていた唇がなまえの唇を塞いだ。

加湿器の所為でじっとりした肌が触れて、スイッチが入ってしまって

なまえは腕の力を抜いた。



「冗談ですよ。いくらなんでも。」



ぱっ、と顔を離した馬場がさっきよりもっと意地悪そうな顔で笑っている。

途端に天井の蛍光灯が眩しく思えた。



「流石に俺でも、病人に無理強いさせるような真似しないですよ。」



どちらかと言えば美形と呼ばれる顔立ちをしている癖に

満足げに離れていく顔にはサディストの風貌が貼りついている。

なんだか無償にムカついて、足で腹に蹴りをいれた。



「なんだ、して欲しかったんですか?」

「んー!」



飄々と笑う顔にクッションを投げつける。

腕でガードされてしまったので、その上から更に殴ってみたけれど

まるで子供をあやすように馬場はすべての攻撃を受け流した。



「早く治したら、ご褒美で続きしてあげないこともないですよ。」

「んんー!!」



なまえを抱き締めてゆらゆらと揺れる馬場の腕の中で

治ったら思いっきり我儘を言ってやろうと心に決めた。




サディスト王子高飛車姫





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