Lustre et couverture cela



オフィスに着くなり、コーヒーを持ってくるよう言い渡された。

コーヒーならさっき打ち合わせで飲んだばかりなのに。

あまりカフェインを摂り過ぎると胃に悪いですよと進言すると

つべこべ言わずに早くしろと、会長室から追い出されてしまった。



「ちょっとなまえ、アンタ酷い顔。」



会長室の隣にあるカウンターから片瀬が呼び止めた。

なまえが足を止めると、こっそり片瀬が美容ドリンクをちらちらさせている。



「片瀬ぇ…!もうホント女神だね、あんた。」



秘書の片瀬とは年齢も近く、女性のあまりいない職場ということもあってか

週末に女子会を開く程の仲だ。

まぁお互い恋人が居ない者同士、傷を舐めあっている仲とも言える。



「会長ホント鬼。もう嫌。」



そのままぐいのみしようとすると、片瀬が窘めるような仕草をした。

引き出しから出したストローを、その小さなボトルに差し込んでくれた。

口紅が取れないように配慮する、全く片瀬の女子力には頭が下がる。

何故彼女に恋人ができないのだろうか。



「今週ずっと連れまわされてるね。」

「そうだよぉ。片瀬より秘書っぽいわ、私。」



最初に配属された部署は確か経営企画部だったはずだ。

それが、あれよあれよという間に何故か会長の側近みたいなことをさせられている。

今日だって打ち合わせ同行という形で、東京中を引きずり回されている。



「大体私が打ち合わせ同行したって、結局スケジューリングとかは片瀬じゃん。」



ずずず、と派手な音がしてボトルが空になった。

片瀬の左脇に置かれている小さな鏡で顔をチェックすると、目の下がほんの少し疲れたように下がっている。

彼女は何も言わずイソフラボンの含まれた大豆のお菓子を差し出した。



「まぁねぇ…。でもなまえだって同行ついでに美味しいもの食べてるんでしょ。」

「あの怖い顔と一緒じゃ、何食べたって変わんないわよ。」



この所同行中に昼飯時を跨いだ際には、必ず会長と食事を共にしている。

何が食べたい、と訊いてはくれるけれど応えてくれたことは一度もない。

大体が彼の行きたいところへ、彼の行きたい時に行くのだ。

片瀬のくれた大豆の栄養補助食品を咀嚼していると、カウンターで電話の内線が繋がった。



「あ、会長。」

「ひぃッ!!」



片瀬が呟く相手に思わずなまえの悲鳴が上がる。

怒られない内にコーヒーを淹れにいかなくちゃと、足早に給湯室へ向かった。



「あ、なまえちょっと待って。」



呼び止められて振り向くと、片瀬が受話器を保留にして指をさしている。

物凄く嫌な予感がして首を横に振ったけれど

片瀬は苦笑いで受話器を差し出した。



『何やってんだ。』

「スミマセン…」



第一声が叱責なことにも、だいぶ慣れてしまった。

最近四六時中一緒に居た所為で、今頃どんな顔をしているのか大体想像がつく。

きっと相変わらず眉間に皺を寄せて、くだらないものでも見るような目で溜息をついているんだろう。



「すぐコーヒーお持ちしま…」

『いや、もう良い。車を回せ。出掛ける。』



端的な指示だけ出すと、電話はすぐ切られてしまった。

なまえがげんなりした顔を見せると、片瀬はカウンターに肩肘をついて笑う。



「どこ行くって?」

「知らない。っていうかまた私も行くの?」

「うん、恐らく。」



泣きそうな声でなまえが言うと、片瀬が傍らのパソコンを弄りながら答えた。

落胆するなまえにもうひとつ先ほどの栄養補助食品を手渡して

ついでに手櫛で髪を整えてくれる、彼女は本当に女神かも知れない。



「だって会長、今日の午後は予定ないのよ。」



ほら、と見せられた画面は確かに片瀬の言う通りだった。

目を滑らせると、今週の月曜日も午後の予定はなかったようだ。

確かその日は現地調査だとか言って、車で2時間程他県へ走ったあと

高そうな寿司を食べて、そのまま家まで送ってもらった気がする。



「は?どういうこと?」



言われてみれば、今の所他県に新しく手を広げる企画は持ち上がっていない。

会長の頭の中で組み立てられている次の手なのかなぁなんて呑気に構えていたけれど



よく考えてみればこれってただの





「デート愉しんでね。」




片瀬がそう言って笑うのと、会長室のドアが開いたのはほぼ同時だった。

カウンターに持たれて困惑しているなまえを見つけると

峯の眉間がまたきゅっと寄せられた。



「行くぞ。」

「あ、いや、えっと、」



あたふたしているなまえの横を、さっさと峯が通り過ぎる。

そういえば車の手配を忘れていたことを思い出して、青褪めた顔を片瀬に向けると

小さく彼女の親指が立てられていた。

ありがとう、と小声で呟いて峯の後ろを追う。

なまえよりずっと歩幅の広い彼の歩くスピードはとても速く、小走りになってしまう。

まして、午前中の打ち合わせの資料がいっぱい詰まったバッグを持っていては。



「何やってんだ。」



振り返った峯に、反射的に謝罪してしまう。

もう今週何度すみませんを発したことだろう。

なまえの一生分のすみませんは、全て彼の為にあるのかも知れない。

先程の片瀬の言葉と、今の峯の行動に頭がついていかなくてもたもたしていると

彼は何も言わずバッグを奪い取った。



「行くぞ。」



峯の手に渡ったバッグは、なまえが持っていた時より軽そうに見えた。

それだけ力の差があるということなのだろう。

驚きの行動に目を丸くして片瀬の方を振り向くと

彼女の含み笑いをする唇が、声を出さずに『行ってらっしゃい』と動いた。







歪曲した




prev next









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -