MELLO
W




七福通りのパーキングエリアあたりで、泣いているなまえを見かけた。

これが別に初めてってわけじゃない。

比較的人通りの少ないこのあたりは、夜更けともなればそこに居るのは

殆どチンピラか、キャッチくらいのものだ。

そんな中、人目を引く容姿のなまえがぽつんといるものだから

ついついそこだけスポットライトが当たってるんじゃないかと錯覚してしまう。



「・・・桐生ちゃん。」



いつもならそのまま見なかったことにしてしまうのだが

今夜は今にも降りだしそうな空模様だったこともあり

つい、気配を気取られる間合いまで寄ってしまっていた。



なまえは桐生のことを“ちゃん”付けで呼ぶ。

最も近しい男がそう呼ぶから、自然とそうなったのだろうか。



「・・・家まで送りますよ。」



なまえがどうして泣いているのか、理由は明白。

現に、本部でちらと見かけたあの人は不機嫌そうだった。

天気が悪いからか、部下が何かやらかしたのか、ふっかけたチンピラが弱かったのか。

あの人の機嫌を左右するものは、誰にもわからない。



「なまえさん・・・」



肩にそっと手をかけると、力ない手でやんわりと制された。

ポロポロと溢れる涙を拭いもせず、なまえはフルフルと首を横に振る。



「一人で帰れるから・・・」



そう言ってカツカツとヒールの音を響かせながら背を向けて去っていく。

こんななまえを、出会ってから何度見てきただろう。

あの破天荒な男に振り回され、泣かされ、それを繰り返すなまえを

何度悔しい思いをしながら見つめ続けただろう。



兄貴分のものでなかったなら、と何度も思った。

目が覚めたら立場が変わっていたら良いのに、と子供じみた夢を抱いたこともあった。

そしてその都度、あの人に振り回されて泣きを見るなまえを

遠くから見守ることしかできない歯がゆさを感じた。



「なまえさん・・・」



もう一度背中に声をかける。

ふらふらと力なく歩く様は、魂の抜けた人形のようだ。



「・・・あんたには、もう無理だろう?」



あの人のそばに居られるのは、そんな人間の心を持った奴じゃダメなんだ。

傷つけて、その反応でしか自己認識ができないような

そんな世界の人間なのだから。



「何が・・・?」



ピタリと脚が止まり、ゆっくりとなまえの顔がこちらを向く。

焦点の定まっていない、それでいて酷く睨みつけるような目。

心が音を立てて崩れていく最中の人間の目。



「・・・私じゃあ、ダメだって言いたいの?」



掠れた声が神室町の雑踏に混じって腹の底に響く。

祭りの太鼓のような、惚れた女の声。

気分を高揚させながらも、どこか焦燥感に駆られるような音。



初対面で一目惚れをしてしまったなまえの美しい顔が

あの人の背中に貼り付いた般若によく似てきたと思った。



「違う!」



走り寄って抱きしめたかった。

憎悪や羞恥の渦がなまえの身体を取り巻いている様を、これ以上見ていられなかった。

ぐるぐると蜷局を巻いた蛇のように絡みつくそれは

きっともうすぐなまえを絞め殺してしまう。



違う、違うんだなまえ。



そう言ってこの腕に抱き、体温を感じ、安堵させられたらどれ程素晴らしいか。

近づくことすら叶わないのは、なまえの醸し出す殺気。

惚れた女から向けられる、好戦的な嫌悪。



「あんたに何がわかるの。」



怖い人だ、とは思わない。

ただ可哀想な人だと感じるだけだ。



なまえは弥生姐さんのようにはなれない。

強くないのに、強がって、強いふりを演じているだけなのに。

あの人に寄り添って愛されているようで、その実

縄で縛られて引きずり回されているだけなのに。



「・・・俺は兄さんの代わりにならないか?」



やっとの思いで絞り出した言葉だったのに

なまえは口の端でニヤリと笑うのみだった。

靴の裏で踏みつけた蟻がまだピクピクと存命しているのを見た時のような

そんな歪んだ笑い方だった。



ケタケタと笑い声を上げるなまえは、もうだいぶ壊れてしまっているようだ。

花が開いたようにふわっと周囲を明るく照らす笑顔も

喜怒哀楽がコロコロ変わる可愛らしい表情の変化も

些細なことで驚いて、ぽっと照れた頬の色も

もう戻ってくることはないだろう。



壊れたように笑い続けるなまえを見つめながら

あの般若はどんなふうに笑っていただろうかとぼんやり考えた。








お前が僕よりっちゃってるんだ



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