emprunté
























本音を言えば、立華不動産が手を出してきた時点で薄々負けを認めていた。

こちらと向こうでは手数が違う、少なくとも法律は順守するなまえの会社とあちらとでは

打てる手の種類も突っ込める資本力も、月とスッポンのようなものだ。

それでも昇進の査定の為にどうしても取りたかった物件に何度目かのアポイントで訪問した今日

件のテナントは夜逃げしたままの、蛻の殻だった。



行き慣れたバーは相変わらず閑散としていて、客はほとんどいない。

なまえがこの店に客が入っているのを見たことが無いのはきっとこの店が繁盛していない所為では無く

平日にしか来ないからだろう。

カウンターの奥から2番目の席に掛けて、注文する酒は決まって2種類。

仕事が上手く行った日はバーボンを、そうでなければスコッチを。

残念ながら今夜は後者を舐めている。



「やぁ、遅くなってごめんね。」



通りから階段を下った木製の扉が開いて、入店してきた尾田が当たり前のような顔で隣に掛ける。

普段一人でしか来ない、マスターが少し驚いていた。



「どちら様。」

「冷たいなぁ。隣、良いよね。」



今は顔も見たくない、案件を横取りしていった男はにやけた顔で酒を注文する。

どのようになまえがこの店に来ているのか知ったのか知らないが、きっと同じ情報網を使ったに違いない。

嫌味たらしくバーボンを注文する尾田に苛立ちを隠しえない。



「随分絞られちゃったんだって?可哀想なことしたね。」



ストレートのロックグラスを傾けて乾杯を求める尾田を横眼で睨んだ。

例の案件が抜かれたこと、どちらかといえば運が悪かったと慰めムードだった社内で

上司だけはなまえを激しく叱責した。

珍しいなまえの失注に、鬼の首を取ったような上司の顔はタコに似ていた。

無視を決め込んだなまえに乾杯を諦めた尾田がバーボンを舐める。

一体誰の所為でこんな時間まで残業しなきゃいけなくなったと思っているのだ。

穴埋めもしなくてはならない、今週は毎日残業確定になってしまった。

無愛想に酒を呷るなまえの隣で煙草に火を点けた尾田は

雑にまとめられたファイルをなまえとの間にバサリと置いた。



「何、コレ。」

「なまえちゃんが喉から手が出る程欲しがってた、あの店の権利書と登記。」



ファイルのビニールの端からはみ出す印字をちらりと見れば、尾田の言っていることは嘘ではないと解った。

子供の様に自慢したい訳でもあるまい、尾田の意図を汲めないなまえがスコッチを舐めながら視線を送ると

彼は肘でファイルをなまえへと押し出した。



「あげるよ、それ。」

「は?」



なまえの手の中でスコッチの氷が大きく揺れる。

尾田は悠々とカウンターの向こうに並ぶボトルの棚を見つめたまま煙草を蒸かしていた。

どうしたものか答えあぐねるなまえの様子を察した尾田が

キィとスツールを揺らして身体を向けた。



「確かに美味しい物件だけど、美人に貸しを作っておくのも悪くないって思ってね。」



歌うような口調で歯の浮く台詞を吐き出す尾田が再度乾杯を求めた。

少し躊躇ったなまえの目線が、ファイルとバーボンのグラスを往復した後

小さく、控えめにグラスの端を合わせた。



「何が欲しいの?」



資本主義社会、無料より怖いものはないということを

大人になってから嫌という程学んでいる。

別の案件を抜きたくなったのか、それとももっと別の事を目論んでいるのか

なまえの問いに尾田は答えない代わりに、煙草を灰皿にゆっくりと押し付けた。



「次に会う時までに考えておくよ。」



自分の銘柄ではない、馴染みのない煙草の匂いが鼻に纏わりつく。

現れた時同様、ゆったりと緩慢な動作で席を立った尾田が勘定を払わなかったのは

優しさなのか計算なのか、わからない内はバーボンを求められないでいる。






















稚拙が極まれ








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