caligula























仕事から帰ってくると、家の中ががらんどうになっていた。

テレビやソファは疎か、帰ってきたら取りこもうと思っていた洗濯物も

食器も、時計も、何もかもなくなっていた。

同棲している恋人が悪い筋からお金を借りて居ることは薄々気付いていた。

何度目かの喧嘩の時に殴られてからもずっと、なまえは彼と一緒に居た。

泣きながら割れた皿の破片を拾った日も、頬に出来た痣を同僚に心配された日も

なまえは別れたいなんて、少しも思わなかった最後がこのザマだ。

それでもショックというより、やっぱりなんて考えながら玄関で立ち尽くしていると

静かに鉄製の扉が開いて、渡瀬がなまえの肩を叩いた。



「可哀想になぁ。仕事帰りで疲れてるやろうに。」



口先だけの同情を吐いた渡瀬が土足で上がって行った。

かつてカーペットが敷いてあった、リビングだった場所は埃だらけで

なまえでさえ、こんなに汚れきった室内で靴を脱ぐ気にはならなかった。



「今日の…午前中やったかな。」



朝なまえが出社する時には、まだ彼はシングルのベッドの中で寝息を立てていたはずだ。

一生懸命労働している隙に、あの男は一切合切を奪って逃げていったのか。

腹が立つより、悲しくなった。

関西で名を知らない人はいない、一大極道組織で名を上げた渡瀬との縁は不思議なもので

借金をしている男の恋人なんて格好の餌食に違いない癖に

何かとなまえに早く別れろだの、あの男は駄目だなんて説教染みたことをしていた。

あの男を止めて俺の所へ来いと言い切った渡瀬に啖呵を切って断った、

思えばきっと悲劇のヒロインに酔っていた。



「まぁ、十中八九もう生きてはないやろなぁ。」



明日の天気を語るような口調でのんびりと言い放ちながら、渡瀬が煙草に火を点ける。

部屋の中には灰皿ひとつ、残っていなかった。



「だから早よ逃げェ言うたやん。」



彼がもうこの世に亡いという事実はたぶん本当だろう。

恋人を喪った悲しさより、灰皿もないのに長くなった灰をどうするのかの方が気になって

なまえは適当に相槌を打っただけだった。



「これからどうしよう。」



どうもこうもない、別に入籍していた訳でも、なまえの名義で借金がある訳でもない。

方法はわからないが、元恋人は自分で自分の尻を拭っただけで

そこになまえが関与すべきことは何一つなかった。

埃だらけのフローリングの上に鞄を下し、なまえも一本火を点ける。

ニコチンが脳味噌に作用するまでに、そんなに時間は掛からなかった。



「とりあえず、明日は会社休んで家でも探せ。ほんで落ち着いたら旅行でも行け。」



なまえより随分背の高い、斜め上から降って来る渡瀬の声に振り返った。

てっきり、手籠めにされるものだとばかり思っていた。

今夜あたり適当なホテルに拉致られて、もしくはこの何もない部屋の中で

渡瀬に抱かれるものなのだろうと、勝手に思っていた。



「ウチとの縁も、これで終いや。良かったな。」



渡瀬の煙草はフィルターの手前まで短くなっていた。

意外にも彼は胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、慣れた手つきで鎮火すると

なまえの前に突き出した。



「私、最初からあなたに惚れていれば良かった。」



あんなに好きだったはずの元恋人の顔は全く思い出せない。

二人で遊園地に行ったのは何年も前、最後に二人で出かけたのは地元のスーパー。

彼がどういう風になまえの名を呼んでいたのか覚えていないのに

渡瀬が別れろと進言していた時の顔はハッキリと目に焼き付いている。

なんて複雑で面倒な恋愛をしていたのだろう。



「せやから、男見る目がないんや。」



渡瀬が鼻で笑って踵を返す。

玄関の扉が閉まる音がすると、部屋の中には捨てられた女と

吸殻が1本入った携帯灰皿だけが残っている。
























的な自由








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