揺曳ディット






















この世に起こり得る、ありとあらゆる事象の中で立華の知らないことはたぶん無い。

例え今現時点で情報を持っていなくとも、答えを知る為の情報網を彼は持っている。

今こうして対峙している男の底知れない権力が恐ろしい傍ら

面白いと思ってしまう自分はもう、純粋だった少女時代を思い出せない。



「せっかくですが、クライアントと食事はしないことにしているんです。」



商談の後時折食事に誘ってくる立華に切り返す文言は毎回変わらない。

彼の情報網を以てすれば、なまえの嘘は易々と白日の元に晒される筈で

何度断っても尚食事に誘ってくる、彼はこの問答を愉しんでいるように見受けられた。



「そう言うと思ってました。では、お茶なら一杯如何ですか。」



なまえが一拍返答に窮する内に、彼は勝手に応接ソファから腰を上げて珈琲を淹れた。

この事務所でお茶を出されたのは初めてだった。



「生憎、次の案件が詰まってまして。」



さも残念そうな声色で返しながらなまえがバッグを手に取ろうとする前に

彼女の前に珈琲が差し出された。

ホットならミルクを少しだけ入れるという情報はどこで入手したのだろう。

立華はひとつも顔色を変えることなく、なまえの対面に腰掛けた。



「今日はもう既に2件商談を済ませて、僕の後に予定はないはずですが。」



笑っているのかいないのか、わからない表情で呟いた立華と目が合った。

冷静沈着を絵に描いたような男の目の奥で、情欲の色がちらつく様はエロティックだった。

なまえが珈琲に手を付けないでいるのを鼻で笑うと、立華は悠々と脚を組んだ。



「僕は、あなたを足止めする方法を幾らでも持っているんです。」



一言一句を静かに、そしてハッキリと発音しながらネクタイを緩める。

とぐろに獲物を捕らえた蛇がじわじわとその距離を詰めるように

彼は口先ひとつでなまえを囲っていく。



「エレベーターを止めることも、何なら雨を降らせることもできる。」



抑揚の少ない立華の口調とは裏腹に、なまえの心拍数が上がり始める。

空調の効いた室内、確かに立華となまえの間にはガラスのテーブルが存在しているのに

既に首筋を舐め上げられているような錯覚に肌が泡立つ。

丁寧な言葉遣いのメッキから覗きこめば、暴力的な支配欲と好奇心が見え隠れしていた。



「なまえさん。僕はね、武闘派ではないんですよ。」



言いながら彼は自分のカップの裏側に隠していた小さな錠剤を取り出して

ゆっくりとPTP包装を破ると、革手袋に包んだままの手でなまえの珈琲の中に2錠落とした。

一瞬だけ気泡が立った後は、何の変哲もないただの珈琲がそこにあった。



「これは何ですか。」

「せめて目の前で入れたことに誠意を感じて頂きたいですね。」



組んだ足を解いた立華が、今度は開いた膝の間で両手を握った。

無表情だったはずの顔はいつの間にか薄らと唇の端を歪めて笑っている。

なまえは気泡の消えた珈琲の表面と立華の目を一度見比べた後、

ソファを立って彼の腰の上に膝を開いた。



















斯くていては惑つては
















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