héroïque















これでも昔は結構モテたんだよと言って笑う秋山に

乾いた笑いを返して会話が止まった。

静かで狭いバーに行くような気分ではなくて、なんとなく夜風に吹かれながら

何の変哲もない雑居ビルの、非常階段の踊り場で缶ビールを傾ける夏の夜。

風は湿気を孕んで、生温く汗の引いた首を撫でては去って行った。



「今でもモテるって、いつも言い張ってるのは誰だったっけ?」

「そりゃ、今もモテるよ。でも昔程じゃないかな。」



そう言って彼は煙草を持った腕を柵に預け、かつての彼の女性受けが如何に素晴らしいものだったかを面白おかしく話した。

高校時代はバレンタインチョコを渡す女子生徒の行列が町内を一周し

体育祭ではパパラッチが出現、彼が軽やかに駆ける姿を写した写真は某有名雑誌に送られ

希代のイケメンとしてモデルにとスカウトが学校へ訪れた前日、運悪く生徒指導に咎められ

頭髪を坊主にしている姿を見たことで、彼の芸能界入りは果たされなかったのだと話すのに

時間は3分も掛からなかった



「嘘が上手。」



話終わるのを待って、缶ビールを呷りながら笑って見せた。

同じく鼻で笑った秋山は否定を続けず、二人の間に沈黙が訪れる。

何となく目線を逸らせないまま、なまえは秋山の横顔が街の明かりに照らされる様を見ていた。

恋だの愛だの、好きだの嫌いだのというのは野暮ったくて青臭くて苦手になってしまった。

こうして時折一緒に酒を呑む程には、秋山との仲は悪くない。

ならばセックスをするのか、キスをするのかというには少しばかり温度が低すぎる。

若い頃の武勇伝はきっと冗談に違いないけれど、それなりに整った顔立ちや余裕ある振る舞いは

今でもきっと女性達に好かれるものではあるのだろう。

ぼうっとやる気なく、とりとめのないことを考えてるなまえの視線に気づいた秋山が振り返った。



「どうしたの、見惚れちゃって。」

「真偽の程を確認しようと思って。」



値踏みするような声色でなまえが返すと、彼は右眉を少し上げて先を促した。

如何にも残念そうに顔をしかめたなまえが首を横に振ると

秋山は困ったような、呆れたような顔をして肩を竦めた。

いつもこうして、短い会話が終わって沈黙が二人の間に流れる。

決して居心地の悪くない沈黙は、きっと互いの相性が良いのだろうと思わせた。



「私もあるのよ、武勇伝。」

「へぇ、どんな。」



缶ビールをちびり、もうすぐ一缶空いてしまう。

温くなっては嫌だからと2本しか購入しなかったことを悔やむ一方で

それ以上長居して憩うような場所でもないなと思い直す。

適当に先を促す秋山に、なまえはぽつりぽつりと話を始めた。

自分には両親がなく、マッドサイエンティストが世界で最も美しい女性を造ろうと拵えられた人造人間だということ。

研究は実を結び、美しいなまえは世界中の物好きな富豪やハンターたちから命を狙われていたということ。

彼女のあまりの美しさに海は割れ、山は唸り、嵐が起きて宇宙にビッグバンが発生したこと。

そうして出来たのが今の地球、彼女はあの惨事を二度と引き起こすまいと

小さな島国にこもって恋人も作らず、錆びれた雑居ビルの非常階段でビールを呑んでいるということ。

とつとつと紡がれた嘘たちを全て話すのに、2分も掛からなかった。



「ビッグバンとは、大きく出たね。」



肩を揺らして笑いながら、秋山が髪を掻き上げる。

自分で話したことなのになんだか笑えてきてしまって、つられたなまえも小さく笑う。



「負けたよ、嘘。ジュノンスーパーボーイには選ばれてない。」



今度はなまえが眉を上げ、にやけた顔のままビールを口に含んだ。

ゆっくりと飲み干すと、喉が液体を通す気持ちの良い音がした。



「私も、ビッグバンは起こしてない。」



そうしてくすくすと笑い声が消えると、また二人の間に沈黙が流れる。

缶の底に残ったビールで煙草を鎮火する頃には、蝉の声は思い出せない程になる。




















とりとのない疎通







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