鎮守のにも蛇は棲む



























世の中には様々な愛の形があるのは理解しているつもりで

何が正しくて何が間違っているのかなんて誰にも定義できないものだということも

そもそも定義が如何、なんていう次元で人間関係を構築すべきでないことも知っている。

佐川はいつも荒々しくなまえを抱いた後、必ず煙草を一本奪う。

そして、不味いと呟くのだ。



「なら、自分のを吸えば良いのに。」



様々な液体の味のする舌を転がして言い捨てると

彼は右の眉だけをちらりと上げて返事をしなかった。

佐川の煙草はスーツの内ポケットに、そのスーツはリビングのソファの背もたれに。

習慣は習慣のまま、ふたりはいつも同じ問答を繰り返した。



「たまにぁ不味いモンも欲しくなるもんだ。」



煙草を吸わない人にしてみたら、きっと煙草の味なんて全部一緒で

どれも気持ちが悪くて不健康なものに映るのだろう。

ふぅん、と気のない返事で受け流したなまえが自分の煙草を一本抜き出して火を点ける。



「そうね。」



佐川以外に、定期的に会って身体を重ねる男は他に居る。

彼はなまえを自分だけのものだと確信し、大切にして愛してくれている。

それがいつもの煙草だとしたら、佐川との情事は不味い煙草のようなものだった。



「随分上手いことやってんじゃないの、例の堅気サンと。」



なまえの匂いを漂わせたまま、口の端で笑う佐川の腹の中は

嫌味か嫉妬か、または釘を刺すつもりか。

堅気の恋人の存在は隠してもいない、かといって別に報告をする間柄でもない。

先月プロポーズされたことを、佐川は何故か知っていた。



「どうすんだ、お前。身ィ固めんのか。」

「さぁね。」



返答を濁している内にきっと彼には捨てられるだろう。

プロポーズを受け入れる理由も、受け入れない理由もどちらも見つからなかったので

放置している、自分のような人間はきっと屑なのだろう。



「俺に惚れてるから断るとか、止めてくれよ。」

「あんたなんて大嫌いって、知ってるでしょう。」



はは、と佐川が乾いた笑いを漏らす。

情事の最中も、その前も、その後も常々なまえは佐川を嫌っている。

そして常々口に出して、あなたが嫌いだと伝えることを疎かにしない。

佐川の前でなまえは一度も笑ったことがなかった。



「嫌いな男に抱かれて嬉しいもんかね。」



理解に苦しむ表情で佐川が紫煙を吐き出した。

何となく釣られてフィルターを唇に運びながら、不味い煙草を好んで吸う佐川の疑念と

なまえの疑念は大して変わりないようにも思えた。



「嬉しくはないけど。」



ベッドの端に下していた足を引き上げて、腕の中で抱えた。

赤く塗った足の爪の隣で、少し短くなった煙草がゆらゆらと燃えていた。



「あんたと居ると、安心する。」



今度は、ほう、と呟いた佐川の煙草はもうフィルター間際まで短くなっていた。

かつて結婚した友人が、やはり伴侶は一緒に居て安心する人が良いのだと

鼻の穴を広げて熱弁をふるっていた夜を思い出した。



「自分より下が居るんだって、安心する。」



もう一度唇に運んだ煙草は変わらず旨かった。

肺に入ったニコチンは脳味噌を侵食し、依存症を引き起こしてもう何年にもなる。

かけがえのない存在を伴侶と呼ぶなら、自分の伴侶はニコチンだけで十分だ。

二度目の接合を求めるなまえの腕を振り払わなかった佐川は、曖昧な苦笑いを浮かべたけれど

否定はしなかった。













かな密やかな








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