あなたはただでさえ存在が威圧的なのだから

もっと物腰や言葉尻に気を遣った方が良い、と言い放ったなまえが珈琲を飲んだ。

先代の頃から世話になっている金融業者、少々近江の懐事情に精通していることと

一応堅気の身分であることを笠に着て、生意気な女だった。



「あ?」

「ほら、そういう所ですよ。」



語尾までキツいなまえはしれっとコーヒーカップを口に運ぶ。

年齢不詳のこの女は、服装や振る舞いなんかで30代かそこいらだと思っていたが

肌や髪の柔らかさに注視してみると、まだ随分若いようにも見えた。



「そんな風だから、おモテにならないんです。」



毎月末頃になると各事務所の懐を探って後ろ暗い部分を穿り返し

綺麗に洗ってお上や役所の目をごまかすのがなまえの得意分野だった。

そうやって食い扶持を稼いでいる、彼女の仕事は叩けば埃どころか何でも出てくる癖に

ごく一般的な社会人の皮を被った禿鷹は涼しい顔をしている。



「要らんお世話や。」

「あれ、そうなんですか?」



内ポケットから煙草を取り出した渡瀬が溜息交じりに呟くのを、眉を上げたなまえが掘り下げた。

そうして、自分も吸って構わないかとジェスチャーで問うた彼女に適当に手を振って了承してやると

なまえはくすくす笑いながら煙草に火を点けた。



「いや、失礼。意外でした。てっきり…」



その先を濁した、細く小柄ななまえを追い出すことは渡瀬の腕力であれば十分容易ではあるのだけれど

下手に関係を拗らせては困る、なんせ組織の真黒な部分を握られている上に

何より怒鳴ったり脅したりしたところで、なまえの生意気な気質は変わらない。

不機嫌そうに眉間に皺を寄せて煙草を蒸かす渡瀬の正面で

相変わらず小声で笑うなまえは、笑いを隠し切れないようだ。



「いつまで笑ろてんねん。」

「いえね、良かったと思ったんですよ。」



ひょいと右手の掌をこちらへ向けた、きっと軽く謝罪をしたつもりなのだろうけれど

やっぱり唇は歪んだままだった。

煙草を一口、呼吸を落ち着けるように吸いこんだなまえが脚を組み替える。

ベージュのパンプスの爪先はいつも磨かれた様に綺麗だった。



「あなたが女の子に囃し立てられるのも嫌ですが、全く相手にされてないのも癪ですし。」



今度こそ笑い声は収まったものの、まだどこかにやけた顔でなまえが珈琲に口をつける。

彼女の腕が動くたびに耳に響くスーツの衣擦れの音は

なまえの羽振りの良さを物語るに十分だった。



「何が言いたいねん。」

「複雑な乙女心ってやつですよ。」



自嘲とも嘲笑ともつかない短い笑いを浮かべたなまえが飲みほしたコーヒーカップには

口紅の後が薄ら付着している。

茶色く染めた毛先が額に影を落とす、もうすぐ夕暮れが訪れようとしていた。



「今夜あたりどうです、そろそろ食事にでも誘ってみたら。」



ちなみに私はお寿司に目が無くて、と続けながらなまえが鞄に手をかける。

自分からは誘わないことを重々主張する彼女が含みを持った上目遣いで笑っているのは

揶揄っているのか本当に誘ったら食事をするのか、どちらとも取れる表情だった。



「そら残念や、魚介アレルギーでなぁ。」



灰皿で乱暴に煙草をもみ消した渡瀬がソファを立つと、応接室の扉へ向かう。

思えばなまえは一度も自分で扉を開けたことがなかった。

残念、と笑う彼女は育ちが良いのか、我儘なのかはわからない。



「それに生憎、今夜は別の女と寿司に行く予定や。」

「まぁ、羨ましい。」



渡瀬が開いた内開きの扉の前で、芝居がかった声を出すなまえがまた眉を上げる。

間近で見る彼女はきっと20代後半、同年代の呑み屋の女なら怒りだすようなつまらない嘘を

笑って受け流すなまえを見送って扉を閉めた。

ヒールが床を蹴る音が遠くなるのを聴きながら、誘ったら誘ったでのらりくらりと返事を濁す

複雑な乙女心という便利な常套句が、彼女の煙草の残り香に揺蕩って消える。
























岸に繋








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