スぺランス





























手を貸して欲しい案件があると冴島が電話を寄越したのは2日前だった。

商談の日時設定はいつでも構わないという彼の言葉に甘えて

別件と別件の合間に冴島の事務所を訪れた16時。

窓から差し込む明かりは随分弱くなったけれど、まだ暗くはない事務所の中は

蛍光灯の明かりがついていなかった。

冴島は30分程で戻るのだと告げた馬場は、慣れた手つきでなまえに珈琲を淹れてくれた。



「事前に電話した方が良かったかしら。」

「いいえ、あの人結構放浪癖があるから。」



電話口で話を聞くに、別に面倒な案件ではないようだった。

ちょっと書類を受け取って、ちょっと細工を施して、判子を押しておしまい。

それだけで7桁近い金額が動くというのだから、笑ってしまう。

冴島の留守を預かる馬場は、すっかりこの組の一員のような顔をしていた。



「髪、切りました?」



応接セットに腰掛けて、膝の上に広げたいくつかのファイルを見つめるなまえの髪を

馬場が指先で一束持ち上げた。



「いいえ。」



そう、と興味なさそうに答えた馬場の指は相変わらずなまえの毛先を弄って居る。

指に絡めたり、人差し指と親指の腹で押しつぶしたり。

彼の白く長い指が時折耳に触れるのを、なんとも思わない顔でやり過ごした。

なまえの掛けるソファの肘掛に腰を下した馬場は、ちゃっかり自分にも淹れた珈琲を一口飲むと

徐になまえの顎に手をかけ、唇を奪った。

思ったより冷たい唇の温度に、なまえが特に抵抗する素振りも見せないでいると

唇の隙間に侵入しようとした舌がつまらなさそうに離れて行った。



「不感症?」

「いいえ。」



眉を顰めた彼の顔には期待外れと書いてある、きっと慌てふためく様を想像していたのだろう。

嫌悪感はなかった、かといって嬉しく思ったりもしなかった

なまえに取っては別にどうでも良い行為でしかない。



「何か意図がおありでした?」

「いいや、別にないよ。」



淡々と書類の角を揃えるなまえに、淡々と珈琲を口に運ぶ馬場が答える。

常々自分の貞操観念は低い方だと思っていたけれど

馬場もよく似た感受性を持っているということは、初対面でわかった。



「でも期待はあったかな。」



人懐こそうな顔でへらっと笑う、馬場の笑顔は薄暗い事務所の中で半分影になっていた。

一瞬だけ迫るような眼付きでなまえの両目を見据えた馬場の目が

なまえの答えを待っていた。



「そう。」



綺麗に角を揃えた書類を、対面に向けて並べた。

視界の淵で馬場が組んだ足を解き、立ち上がったのが見えた。

悲しいけれど、これが最善策なのだ。

泣いて嫌がる顔が見たいという期待と、彼に身体を任せて乱れて欲しいという期待の

両方が馬場の腹の底に巣食っているということは、わかってしまうのだ。

だって私たちはとても似ているから。





















赤と黒絶望と欺瞞






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