身をば思























夕闇迫る花街は柳を揺らした風に乗って白粉の香りが吹きつける。

賑わい始めた往来を見るともなしに見つめていると、楼閣の女将からお呼びがかかる。

だらだらと身支度をするなまえを急きたてながら、女将が通した二階の角間には

沖田がつまらなさそうに酒を呑んでいた。



「まぁ、幽霊かと思いんした。」



無表情のまま驚いた声色を繕って嫌味を投げるなまえの尻を抓った女将の指は沖田の視覚になっている。

浪人とはいえ花街での遊び方を知らない訳でもあるまい、沖田はバツの悪そうな顔をして

女将を部屋から追い出した。



「しばらくご無沙汰やったからって、そんな不機嫌になることないやんか。」

「へぇ、西の楼の初物のお味をお伺いしたいもんですわ。」



なまえは相変わらず無表情のまま沖田の隣に掛けると、つんと冷たい口調で吐いた。

ぴくりと止まった沖田の手が酒器を持ち上げると、乱暴に盃をなまえに押し付けて

まぁ飲めと清酒を促した。



「耳が早いのう。」

「人の口に戸は立てられぬ、と申しんす。」



永いこと馴染みだった沖田がある日とんと訪れなくなってからひと月が経っていた。

すわ死んだかと思った頃に、別の楼閣で水揚げされたばかりの女郎に入れ込んで居ると噂を耳にした時は

嫉妬より安堵を覚えたことが意外だった。



「あれは…まぁ、しゃあないねん、致し方なくってやつや。」

「ハァ、致したことには変わりんせん。」



相変わらずつれない素振りのなまえの盃が開いたのを見ると、彼は機嫌を取るようにまたなみなみと酒を注いだ。

職業柄嫉妬している振りをしなければならないけれど、こんなやり取りは不毛で陳腐で

早々に飽きてしまったなまえは煙管に刻み煙草を詰めた。



「なんや、もうちょっと妬いてくれてもええやんか。」

「随分感化されたみたいですなぁ。」



思いっきり吸いこんだ煙は肺をぐるりと満遍なく汚して宙に舞う。

沖田にも一服勧めたけれど、彼は断って手酌で酒を注いでいた。



「別に妬いても怒ってもござんせん、わっちの馴染みも先生だけじゃありますまい。」



新撰組を馴染みに持ったと云う事実は諸刃の剣で、あの野蛮な集団の肝いりかと尻尾を巻いて逃げだす旦那もあれば

あの有名な沖田の抱いた女を見てみたいと、興味本位で近づく客も増えた。

そういった客が沖田の詳細を訊いてくるのを、酒でも注ぎながら

イイエ、私は先生の事が知りたいのさとはぐらかすのはもう慣れた。



「そない意固地になりな。仏に誓ってお前だけやって。」



多少酒が入って気分が良くなったのか、軽い調子で沖田が言うのを

煙草盆に煙管を押し付けて目線を向けた。

他の客のように簪を買って与えたり、文を寄越したりすることのないこの男は

いつも口先だけの誓いを述べて女を適当にあしらう。

なまえは短い溜息を吐くと、盃の底に少しだけ残った酒を飲み干して

ゆっくりと瞼を開けると、赤く縁どられた眼で沖田を見つめた。



「わっちァ、心底心配しておりんす。そう簡単に仏に誓って、いつバチが当たるのかって。」



手持無沙汰に箪笥の脇に掛けてある三味線の弦を爪弾いてみる。

びぃんと揺れる音が、静かな部屋の中に何となく一息つかせる心持ちでよく響いたのは

箪笥の中身が空っぽだからだろうか。

綺麗に塗られた盃で唇をちろりと潤した沖田は、立てていた膝を下すと

小さな声で、神や仏等は存在しないのだと呟いた。



「当たるもんやったら、もう死んでる頃や。」



畳の上を滑る羽織の音が他の男と違うのは、羽織の生地が固いから。

綿の生地に血が付いて、固まって古くなってこびり付いて、屹度重いだろうと案じた。

日に当たらない所為で青白い指先をつつと伸ばして触れてみると

なる程確かに膨張した綿糸は不気味な固さを持っていた。



「誓ってくださった癖に。」



いい加減に機嫌を直して、今度はなまえが酒器を手に取ると

沖田の盃にゆっくりと酒を注いだ。

目は笑ったまま、わざとらしく拗ねたように唇を尖らせてみせると

彼の手が伸びて着物の袷に滑りこんだ。



「あぁ、せやったな。」



否定とも肯定ともつかない返事は上の空で、沖田は当たり前のようになまえを組み敷くと

慣れた手つきで帯を解いていった。

鉄の匂いのする彼の胸の中でわざとらしく息を乱しながら、いっそ間夫になってしまえば善いと言い出せないまま

なまえが腰に回した足を、彼はやっぱり当たり前のように撫で上げる。






















人の命のしくもあるかな

















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