手に入れられないものばかり欲しがってしまう、この性分には辟易している。

桐生に片想いをし続けてもう長いこと経つ。

どれ程想いを伝えても、うんともすんとも言わない電話の向こうの彼はつい先ほど

いい加減に諦めてくれないかと冷たい言葉を吐き捨てた。



「うわぁ、馬鹿の極みって感じ。」



なまえが大きめの独り言を呟くと、鎌倉の海がざぶんと鳴いた。

深夜のビーチは人っ子ひとり居ない。

背後で江ノ電がごとんごとんと去って行った。

桐生が冷たくなまえを振った訳も、本当は解っている。

別に嫌っているわけじゃない、とは彼の弁だった。

それでも、堅気のなまえと桐生では住む世界が違い過ぎるし

巻きこみたくないのだというのが大義名分だった。

不幸な事件に大切な『友人』が巻きこまれるのを後悔しない程には大人ではないと言った桐生は

友人、の部分を殊更強調して電話を切った。



「なみだなーどーみーせないー」



駅から浜辺はとても近かった。

パンプスを脱いでざくざくと砂浜を歩いて行くと、ストッキングに入った砂がとても気持ちが悪かった。

失恋して海に来るなんて、ドラマみたいな自己陶酔に

自分でも反吐が出る。



「つよーきなーあなーたをー」



砂浜を歩くのは一苦労だった。

暗い海はすぐそこに見えるのになかなか辿り着かなくて

結局座りこんだ、水際までは1/5も来ていない。



「そんなにーかーなーしませーたひーとはー」



誰なの、と歌いながら駅のコンビニで買った缶ビールを開ける。

炭酸の抜ける音は波の音の中でもちゃんとよく聞こえた。

別に海に来て何をしようなんて考えていなかった。

自殺願望もないし入水したりはしないけれど

思いっきり喉を鳴らして飲んだビールは酷く旨かった。



「ぷっはぁー!!!」

「うるせぇしオヤジかお前は。」



勢いのまま首を上げた遥か上方、海岸と道路を隔てるコンクリートの壁の上に

肘をついてなまえを見下ろす錦山の背後は明るかった。

車のヘッドライトを付けっ放しなのだろう。



「なんだ、錦じゃん。」

「何だって何だよ。」



なまえは脇に置いた、底に砂のついたコンビニの袋の中身を広げて見せた。

まだ冷たい缶ビールが2、3本転がっているけれど

錦山はなまえを見下ろしたまま、車のキーを指に嵌めてちらちらと振って見せた。



「俺、アッシータイプじゃねぇんだけど。」



所々欠損したコンクリートの階段を革靴が降りる音がする。

なまえは振り返らずにぐびぐびと缶ビールを呷り、一本目を開けた。

横須賀線に乗る前に、恨み節のひとつでも送ってやろうと桐生に海へ行きますとメールを入れたつもりだったのに

電車に乗車した頃着信があったのは錦山だった。

はて、と思い履歴を確認すると、先ほどのメールの送信先が錦山になっていて

あぁ、詰めが甘い女だなとつくづく自分が嫌になった。



「アッシーにしたつもりはないわ。」



なまえは徐に立ち上がり、空き缶を砂浜へ投げた。

失恋とは恐ろしい、普段は真面目な社会人OLを

環境破壊を担う一端に変貌させてしまうのだから。

砂で靴やパンツが汚れることを躊躇っていた錦山は溜息を吐いて砂浜に降りると

なまえが投げた空き缶を回収し、隣に座った。



「どう考えてもありゃ、迎えに来いって話だろう。」

「手違いよ。」



なまえが二本目のプルトップを開けるのを、彼は咎めなかった。

その代わり、先ほど拾った空き缶を灰皿にして煙草を一本点けた。

波の音は煩く、潮風はねちねちとして気持ちが悪い。

錦山の香水の匂いも話し方も、何一つ好きではなかったけれど

不思議と、今隣に居るのが桐生であれば良いとは思わなかった。



「お前、車乗る前ちゃんと砂払えよ。」

「乗らないし、放って置いて。」



再びぐびぐびと喉を鳴らしてビールを呑み下す。

身体が冷えたせいで少し鼻声になってしまった、泣いていると思われたくなかったけれど

思いっきり鼻を啜ると、錦山が呆れたような溜息を吐いた。



「こんなトコで、そんな顔で、そんなこと言われてもよ。」



手で持っているのが嫌になったのか、錦山は空き缶を砂浜に突き刺すと

立てた膝の上に腕を置いて、遠くの海を見ながら呟いた。

なまえがどれ程桐生に惚れていたかを、彼はよく知っている。

時折勝手に傷つくなまえを優しくない言葉で慰めたりなんかしながら

酒を奢ってくれるのは別に珍しいことじゃなかった。



「ハイそうですか、って訳にはいかねぇだろう。」



ずび、となまえが鼻を啜るのが合図であるかのように、錦山は煙草を鎮火すると

結局空き缶を砂浜にポイ捨てした。

序でになまえの手の中の缶を取りあげ、中身が空であることを確認し

やっぱり砂浜にポイ捨てしてしまった。



「帰るぞ。」



車へと引き返す錦山について行こうと慌てて立ちあがる。

足がもつれたけれど、彼は手を引いてくれるなんて優しいことはしなかった。



「お前マジで、砂払えよ。」



運転席の扉を開けながら念を押すように睨んだ錦山の言葉に足元を見遣る。

ストッキングは砂だらけで、中に入りこんだ砂は歩くたびに零れ落ちた。

どうしたものか逡巡しているなまえを怪訝に思ったのか、彼は助手席側まで回ってくると

破いてしまえ、と身も蓋もない解決策を提案した。



「無理、破って。」



伝線しやすく、薄い素材のストッキングとは言え女の力で破るのは一苦労だ。

もとい、面倒臭くてなまえは腰の砂を払って助手席に腰掛けると

ドアの外へ足を放りだして錦山に破るよう強請った。

ヘッドライトに照らされた彼の顔が一瞬面食らったかと思うと

彼は呆れた顔で肩を竦め、結局そのまま運転席に乗りこんだ。



「とりあえず足洗えるとこ探せ。」



車を出しながら指示する錦山の横顔は暗くてよく見えなかった。

海沿いの道をゆるゆると走りながら、なまえの頭の中に様々な情報が交錯する。

身体が洗える所なんて家でもなければ場所は限られてくる訳で。



「きゃあ、エッチ。」

「馬鹿か。」



棒読みで伝えた冗談は、ちょっとキツめのツッコミで返された。

なんとなく面白くなって笑いを零すと、同じく笑ったような錦山の横顔には

安堵の色が浮かんでいた。














の瀬戸際







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