ヴォチェ


















仕事から帰宅してからのなまえのお作法。

スーツをクローゼットにかけ、脱いだものを片っ端から洗濯籠に放りこみ

ティーシャツと大きなサイズのジーンズに着替え、髪を手櫛で梳かす。

そのままキッチンへ向かい、よく冷えた缶ビールを一本取り出して

プルトップを開きながらソファへ腰掛けると同時に大きく一口ごくり、ぷはぁ。

ソファの背もたれに全体重を預けて口を開き天井を仰ぐなまえを

馬場はいつもと変わらない、少しにやけた顔で見つめた。



「おかえりなさい。」

「ただいまなさい。」



俺も持ってこようかななんて呟いてソファを立つ馬場は

よっこいしょ、とかそういう類の言葉は口にしない。

彼の部屋着のティーシャツの上からでも解る筋肉は、彼の年齢がまだ若いことを教えてくれていた。



「待ってなくてもよかったのに。」

「一応ね。乾杯。」



すでに2/3程無くなったなまえの缶に馬場がまだ口を付けていない缶をくっつけた。

中で液体が揺れる、鈍い感触がした。

付き合って長くなる、馬場とはたぶん半同棲に近い関係なのだろう。

仕事から帰宅すれば彼がいるのは別に珍しいことではなく

かといっていつも居るという訳でもない、お互い不規則な生活をする都会の歯車だ。



「くあぁぁ、疲れた。」

「お疲れ様。晩御飯は食べて来た?」



なまえが首を横に振ると、馬場はわざとらしく眉を上げた。

夕食を食べずにアルコールを摂るなまえの習慣に、彼はあまり良い顔をしない。

別にお腹が空いていない訳じゃないけれど、食べるのが面倒なのだ。

今にも小言が飛び出しそうな馬場の顔を、なまえは見ないふりでビールを流しこんだ。



「そんなことするから、また痩せちゃうんじゃないの。」

「あ、ちょ、零れる。」



そう狭くないソファだけれど、どこかのセレブの豪邸程は広くはない。

馬場がするりと腕を伸ばしてティーシャツ越しに触れたなまえの上半身は

やっと汗が引いてきたばかりだった。



「ほら、ほとんど毎日揉んでるのに、いつまでもちっちゃいじゃん。」

「うるさいなぁ。」



ムード作りも断りもなく馬場がなまえの胸を揉みながら呟く。

貧乳なのは昔からだし、馬場が巨乳好きだなんて話も聞いたことがない。

巨乳の友人が肩が凝るとわざとらしく溜息を吐くのも、よくヤリ棄てされているのも見ているので

大きいことは全然、羨ましいと思わない。

というようなことを頭の中で素早く唱えて、なまえは揉まれたまま缶ビールを一口飲んだ。



「あれ、そんな色気ないことするの。」

「失礼な男に使う色気なんて、残っちゃないわ。」



今日は疲れた、いや、今日も疲れた。

会議を2つもやり過ごして月末に向けて段取りを組んだ仕事をなんとかこなしながら

新人の教育をしつつ上司の機嫌を取りつつクライアントの機嫌を取って

サービス残業をして、翌日の仕事の準備をして、もう誰も残っていないオフィスの施錠をした。

優しく癒してくれる彼氏ならいざ知らず、不躾で失礼な馬場に色気を振りまく暇があるなら

早くビールで体中を満たしてしまいたいのだ。



「意地悪。」

「どっちが。」



片手でなまえの身体を弄りながら、馬場は不機嫌そうに呟いた。

同じく不機嫌そうな返答を返したなまえが缶を傾けると

愛しいビールはほんの少しだけ口の中を潤して、空になった。



「まだ飲む?」

「ん。」

「だめ。」



有無を言わさぬ口調で告げた馬場は自分のビールを空にすると

なまえの手の中から奪い取った空き缶と合わせてテーブルの遠くへ置いた。

先程から腰辺りにに当たっている、硬いものの存在を無視し続けて来たけれど

馬場の腕力はこれ以上の時間稼ぎを許さなかった。



「まだ呑み足りないのに。」

「後で。」



相変わらず色気のないなまえの抵抗を一蹴して、ソファの上にゆっくり押し倒す。

背中を支えていた馬場の腕が抜かれると、なまえを組み敷いた馬場の顔が首筋に埋まった。

片手で自身の体重を支えながら、もう片方の手で胸をまさぐる。

今度はティーシャツの中へ、彼の指がするすると侵入するのが解った。



「喜んでよ、大きくする作業をしてあげてるのに。」



なまえも馬場も良い歳だ、揉めば胸が大きくなるだとか

毎日出さないと精液が腐るだとか、コーラで洗えば妊娠しないだとか

眉唾物の都市伝説を信じているなんてことは勿論ない。

なまえは鼻で笑うと馬場が首筋を降りてくるのにつれて、彼がキスしやすいように顎を伸ばした。



「揉んでも大きくならなかったわ。」

「試したの?」



くすくす笑いながら馬場の唇が鎖骨を食み、デコルテの薄い皮膚をなぞる。

ティーシャツの下で蠢く指は肝心な性感帯を触らない。

彼はいつも、ギリギリまでなまえの喜ぶことをひとつもしない。



「揉み消されたのよ。」



肌を重ねるのも数えきれない程になった。

この後彼がどう動くのか、なんとなく予想くらいはつく。

なまえは慣れた様子で足を彼の膝の間に滑りこませながら

やさぐれたように呟くと、馬場の手が止まり顔を上げた。



「どうしてそういうこと言うかなぁ。」



なまえの鼻と鼻が触れあう程の距離で、彼は思いっきり眉を顰めた。

気に障ったのを隠しもしない、普段あまり表情の変わらない彼のこんな顔を見るのは

不謹慎だけれど少し嬉しかったりもする。



「妬いた?」

「妬く妬く、すっげぇ妬く。」



芝居がかった棒読みになまえが鼻で笑うと、馬場もまた鼻で笑って鎖骨に顔を埋める。

そうして彼曰く“大きくする作業”を続行する指が作業を中断して

下半身の方へ伸びていくと、あっという間に空気は変わってしまった。











非生産的生







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