jeux d'argent


















仕事が終わると毎日必ずバーへ寄る。

そうしてそこで一杯、ワインを頼む。

赤だったり白だったり、初めの頃はそれこそ色々な種類を求めたものだけれど

最近はずっとカベルネで落ち着いている。

人気の少ないバーは煉瓦の壁と白熱灯の間接照明が印象的で

革の張ってある木製の椅子は背もたれが無く、カウンターにいくつか並んで居る。

入り口から2つ目、メニューの書いてある黒板から少し離れた椅子は

もう何年も定位置になっている。



「いつものでよろしいですか。」



いらっしゃいも言わないマスターは、毎日なまえへ同じ物を出す。

無言のままなまえが首を縦に振ると、当たり前のような所作でマスターがワインを注ぎ

同じく当たり前のような所作で灰皿と一緒になまえの前へ置いた。

いつも同じ時間に同じ物を頼む、生活の一部になっている習慣が

賭けだということは、なまえしか知らない。



「暑くなってきましたね。」



マスターとの世間話は非常に短い。

また無言でなまえが短く首を縦に二度振り、会話は終わる。

そうして静かなギターのジャズが流れ、彼はガラスを拭いたり料理の仕込みをしたりする作業に戻るのだ。

なまえはちびりとワインで口を湿らせて煙草に火を点ける。

ウィスキーも嫌いじゃないけれど、歳を取ってからというものめっきりワインばかりになった。

ビールも良い、勿論シャンパンだって好んで飲むけれど

この店ではワインしか頼まないと決めている。

時には10分程で、時には1時間もかけて1杯のワインを飲み干すまで

なまえは一日の中で唯一渡瀬のことを考えた。



仕事絡みで知りあった渡瀬には、初対面で惚れこんだ。

当時まだ若かったなまえは受発注の関係や彼を取り巻く世界のことなんかを鑑みて

この想いはなかったことにしようと、5分の内に胸の奥へ押し込めた。

若かったとはいえいい歳だ、何でもない顔を出来た自信はあるし

それから何年も付き合い続けている渡瀬に、このことを知られていない自信もある。

いつだったか、渡瀬の事務所へ商談に訪れた際

この近くに良い呑み屋があると教えてくれたのが、この店だった。

少しでも彼のことを知りたい、近づきたいなんて思ってこの店に通い出したなまえは

いい歳とはいえやっぱり若かったのだ。

次の商談であの店良かったです、と告げると渡瀬は非常に嬉しそうな顔をして

自分もよく行くのだと教えてくれた。

それ以来毎日、なまえはここへ通っている。



「先日、会長がお見えになりましたよ。」



何かの補充を終えたマスターがぽつりと、目線を合わせずに呟いた。

通い詰めていればその内素性が割れてくる、渡瀬は会長に就任してからもなまえを使ってくれた。

彼が話したのかは知らないが、なまえが出入りの業者だということは

いつの間にか割れていた。



「そうですか。」



ということは、またしばらくは来ないのだろうか。

なまえは先ほどより大きい二口目を呑むと、煙草の灰を落とした。

そろそろ頃合いではないだろうか、と思う。

5分で胸の内に仕舞いこんだ想いは何年経ってもなかったことになってはくれず

ぐずぐずと腐った木屑が燃えるように心臓の奥を炙り続けている。

この先渡瀬は嫁を娶るだろう、なんといっても近江連合の会長に就任したのだから

いつまでも独り身という訳にはいくまい。

周囲が世話を妬いて、彼の隣に似合いの女性が並び立つのを目の当たりにする前に

惚れていますと伝えるのは、良い頃合いではないだろうか。



「ご馳走さま。」



なまえはワインを飲み干すと、ぴったりの金額をカウンターに置いた。

ワインを一杯飲み終えるまでに渡瀬が現れた時は、きっと想いを伝えようと心に誓った。

今夜も賭けは、なまえの負けだ。



「いつもありがとうございます。」



マスターは低い声でそう呟き、カウンターの金はそのままに先にグラスを片付けた。

バッグを肩にかけて、ヒールの音がよく響く床を出入り口に向かって歩いて行く。

ちょうど扉に手をかけようとした瞬間、外開きの扉が開かれてベルが短く揺れる。

渡瀬は、意地悪な男だ。



「おう、来とったんか。」



白いスーツとサングラス、渡瀬はどこで会っても変わらず彼らしい。

驚いて目を見開いてしまったのは、彼のことを考えていた所為ではなく

急に開いた扉に、ということにしておこう。



「なんや、もう帰るんか。」

「えぇ、入れ違いでしたね。」



平然を装ってなまえが返すと、もう一杯飲んでいけと渡瀬が勧める。

なまえは愛想笑いで首を横に振り、明日も早いのでと彼の誘いを辞した。

言い訳を深く掘り下げもせずに鵜呑みにした渡瀬も、引き留めるようなことはしなかった。

その代わり、扉をくぐって一歩入るとなまえを見て思い出したように話しだした。

地下カジノでシノギを作っている組があるのだということ

なかなか流行っているようなので、なまえも是非一度遊びに行けば良いということを

マスターは聞こえないような顔をしていた。



「レートは高いけどな、お上とも繋がっとるし摘発はまぁ無いやろ。」



言いながら、渡瀬が腰掛けたのはなまえが座って居た座席の2つ右の席だった。

間接照明の明かりが混ざってよく明るい、良い位置だ。

なまえは愛想笑いを浮かべたまま、あぁ、あそこに座るのかと少し落胆した。

もしいつか、なまえより先に渡瀬が入店していたら

どこへ掛けるべきなのか、今は皆目見当がつかない。



「せっかくですが、賭け事は弱くって。」



やっぱり無理強いをしない、渡瀬に軽く会釈をして店を後にした。

あの静かな店の中が夢だったかのように騒がしい、平常運転の街を歩いて家路へ着く。

きっとこうして負けるのだ。

自分にも、自分の作ったくだらないルールにも、地下カジノにも。












こたえているせに







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