フラグをるよ。  B




















酒を買うことがなくなって久しい。

大抵が外で呑むか、宅呑みなんかをする時には峯や大吾が気を遣って色々と持ち寄ってくれる。

適当にツマミを用意し、場所を提供するのがなまえの仕事であるならば

旨そうにそれらを消費するのが、品田の仕事なのだ。



「本当に大丈夫か?二人掛りで引き摺ってっても良いんだぞ。」

「大丈夫だって。起きたら片付け手伝わせるし。」



日付も変わった頃そろそろお開きになり、大吾と峯を玄関まで見送った。

品田はたらふく酒と食事を詰め込むと、あっという間にソファで深い眠りに落ちた。

この4人の中で一番酒に弱いのは、きっと品田だ。

シャワーも浴びずいびきをかいてなまえのリビングのソファに寝そべる品田を

無理やり起こそうとした大吾を止めたのはなまえだった。

可哀想だからそっとしておいてやってくれと伝えるなまえを見ながら峯が

お前はいつも品田に甘いと叱責した。



「なんかあったら連絡しろよ。」

「うん、ありがと。おやすみ。」



玄関の扉を閉めると、音を立てないように鍵をかけた。

アルコールで火照ったティーシャツの胸元をパタパタさせて一息つくと

なまえはリビングに戻り、テーブルの上を少しずつ片付けた。

今し方帰って行った二人が手伝ってくれたお陰で粗方片付いてはいるけれど

やっぱりなんやかんや、飲み会の後というものは部屋が汚れるものだ。



「…辰雄ー?」



グラスを指で挟んでキッチンへ持って行きがてら、ソファで寝ているはずの品田に声をかける。

いびきは止んだが返事はなく、やっぱり寝ているのだと確認すると

なまえは別室からタオルケットを持ってきて掛けてやった。

少々小ぶりなタオルケットがなまえの指を離れて品田の肩へ到達した頃

品田の目がぱちりと開き、目が合った。



「うわ、ビックリした。」

「堂島君たち、帰ったの?」



呑むと赤くなる体質の顔はだいぶ赤味も引いていて、僅かばかり睡眠を取ったことで

随分すっきりしたような声色で品田が問う。

テーブルの上を軽く拭きながら、なまえが首を縦に振るだけで返答した。



「甘いって、言われちゃったね。」

「起きてたの。」



今度は品田が首だけで返答しながら、テーブルの端に寄せて置いた皿なんかを運んで行った。

品田が泊まって行くのは珍しいことじゃない、彼は片付けの仕方を心得ていた。



「ねぇ、堂島君たちは一人で泊まってったことあるの?」



大きな欠伸の後に、品田が間延びした声で続けた。

テーブルを拭き終えたなまえがキッチンのシンクに立つ品田の横に並ぶと

少し考える様に目線を上へ向けて、首を振った。



「そういえば、ないね。」



品田と違って、彼等には終電を過ぎても家に帰れる手段がある。

わざわざ一人暮らしのリビングで雑魚寝なんてするより、

慣れた自分のベッドでゆったり眠った方が疲れも取れるというものだ。

洗って濡れた皿をなまえへ手渡しながら、品田がふぅんと呟いた。



「じゃ、俺って特別?」



きゅ、と蛇口が閉まる音がして水音が止まる。

手渡された皿をひとつひとつ拭いていたなまえが、手元を見つめたままぴたりと手を止めた。

誰でも泊めているわけじゃない、むしろこの家に出入りする男なんて彼等くらいだ。

大吾や峯が泊まることを望めば勿論、追い返す謂れもないのだけれど

YESと答える前にまず理由を訊くだろう。

品田だけよくこの家へ泊まっていくのは、一重に所持金3桁の男を追い出しても夢見が良くないことと

なんとなく、まぁ良いかと思わせてしまう彼の雰囲気の所為なのだとしたら

それは特別なのか、どういった意味で特別なのか。

アルコールを含んだ脳味噌では、それ以上深く考えるのは難しかった。



「なんかごめん、深い意味はなかったんだけど。」



無言のままのなまえに、品田はいつもより少し明るい声で投げかけると

なまえが拭いた皿を棚へ片付けて行った。

流れ出した空気にホッと安堵し、何故安心したのかわからないまま

なまえは最後の皿の水気を拭って手渡した。



「気持ち悪いこと言わないでよ。」

「ごめんって。」



皿を拭ったタオルでぼすんと肩を殴ってみると、へらへらと品田が笑う。

一仕事を終えたらなんだか煙草が吸いたくなってきた。

キッチンを消灯して一緒にリビングへ出ると、なまえはダイニングへ腰掛けて

灰皿を近寄せ、煙草を口に咥えた。



「先シャワー浴びちゃいなよ。」



点火したライターを煙草の先へ近づけながら、ふと思いついたように品田へ風呂を促す。

なまえにとってはいつもの台詞だった、なんせ品田は放って置くと面倒臭がって

風呂に入らないまま眠ってしまう。

それでも先ほどの、なんだか居心地の悪いやりとりを反芻すると

ちょっと違う意味合いを含んでいるような文言に、思わず顔を見合わせた。



「何?」

「別に。」



なんとなく、どこか踏み外してしまいそうな空気を打ち消そうとなまえが眉間に皺を寄せながら問うのと

品田が首を振って目線を逸らしたのはほとんど同時だった。

このままではいけないような気がして、なまえは取り急ぎ煙草に火を点けると

後で自分で浴室横の洗濯機へ持って行こうと思っていた、皿を拭ったタオルを投げつけた。



「馬鹿。」



おどけたように顔をしかめてみせると、品田が顔を綻ばせる。

どこかホッとしたように見えた、彼の心情は何となく理解できた。

断りもなくクローゼットから、いつの間にか品田専用になってしまったバスタオルを抜き出すことに

なんの違和感もなくなった頃にやっと、煙草の味が解ってきた。














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