フラグをるよ。  A















なまえに誘われた、彼女の行きつけの個人経営の居酒屋に入ってみると

既に出来上がったような顔つきのなまえが手をこまねいていた。

平日で人も疎らな店内、休前日は少しばかり声を張らないと聞こえないくらいに煩いのに

今日に至っては入り口の生簀で魚の泳ぐ音が聞こえる程に静かだ。

いつもの二人はまだ来ないのかと問うと、なまえは唇をつきだして

今日は忙しいんだってさ、とぶっきらぼうに呟いた。

運ばれて来たビールを手酌で注ぎながら、あぁ、二人は上手いこと逃げたなと察した。



「平日から深酒か。」

「飲みたかったんだもん、付き合って頂戴よ。」



酒に強いはずのなまえは耳を赤くして、瓶ビールをグラスに傾ける。

90度に立てても1滴2滴しか落ちないビールを机に置いて

お代わりを店員に求めた。



「会社の後輩がまた、結婚すんだってさ。」



店員がお代わりの瓶ビールと、たこわさを持ってきた辺りで

なまえがぽつりと零した。

結婚願望は薄いと常々口にしている、彼女もこんなことで動揺したりするのか。

峯は少し意外そうな顔でなまえを見やった。



「悔しいならお前も結婚したら良いじゃねぇか。」

「相手が居たらするわよ。」



なまえの仕事への入れ込みっぷりは、峯から見ても感心する程だった。

たぶん仕事が趣味だと言っている内に、他の趣味がなくなってしまったのだろう。

ある種病的に職務を全うする、その姿勢には共感と同時に時折引きそうにすらなった。



「峯くんは結婚願望ないの?」

「ねぇよ。」



ふとネクタイをしたままだったのを思い出し、人差し指で乱暴に緩めた。

こういう時脱いだ上着やネクタイをこれ見よがしにハンガーにかけたりしない。

そんな所が友人として居心地が良く、また、モテない原因でもあるのだ。

ふぅん、と呟いたなまえが赤くなった耳に髪を掛けた。



「合コンとかも、誘われなくなっちゃった。」

「そりゃ、そうだろうな。」



いつものメンツでつるんでいる時のなまえのキャラと、会社でのキャラは勿論違うのだろう。

着ている服装、休日に掛かってくる仕事の電話の対応なんかからして

きっと頼れる上司や先輩、ともするとお局様なのかも知れない。

そんな彼女と同世代の友人たちはもう結婚して子供でも作っていて

合コンなんてするような若い世代はなまえにとって部下と呼ばれる立場にあるはずで。

上司を合コンに誘おうなんて、世間知らずか嫌がらせだ。

峯と向かい合って静かに酒と肴をつまみながら、なまえがぽつぽつ愚痴を零すのを

受け流しながら峯も手酌でビールを1本開けた。



「私だって、人恋しくなる夜もありますよ。」



半分べそをかいたような声でなまえが呟く。

峯の知る限り、別に言い寄ってくる男が居ない訳ではないはずだ。

先日接待した取引先の部長がしつこくて困る、と肩を揉んでいた姿に

品田が経費で旨いもの食べれるんだから良いじゃんと謎のフォローを入れていた。

それ以外にもちょくちょく、食事に誘われたりなんてこともある癖に

なんやかんや理由を付けて男女の仲になろうとしないのはなまえの方だ。



「男に困ってる訳じゃねぇんだろ。」

「困ってない、訳じゃない、訳でもない、というか。」



語尾をごにょごにょと濁らせながら、なまえが前髪を掻き上げた。

必要以上に髪を触るのは酔っぱらってきた時の彼女の癖だ。

早々に切り上げるべきか、最後まで付きあってその辺で野垂れ死にしないよう家まで送り届けるべきか

判断を下し兼ねたまま峯は日本酒を注文した。



「一人でも大丈夫って思われるの、結構ツラい。」



峯の空けた瓶ビールを下げに来た店員の後姿を見送って、なまえがまた口を尖らせる。

なまえの取り留めのない心情は、なんとなく理解できる気がした。



「なら、抱いてやろうか。」



手持無沙汰に煙草を取り出して火を点けようとライターを点火しながら言ってみる。

ちょうど日本酒を持ってきた店員の動きと

向かいで頬杖をついていたなまえがぴたりと止まり、一拍の間を置いて

赤い顔のなまえが慌てたようにはぁ?なんて言いながら峯を見返した。



「真に受けるな、馬鹿か。」



その一言に、どこか肩の力の抜けた様な店員がやっと日本酒を置いて去って行った。

目の前のなまえは何とも言えない微妙な表情でビールを呷っている。

腹が立っているような、困っているような、どうしたら良いか考えあぐねているような表情だ。

峯は日本酒をやっぱり手酌で注いでちびりと舐めると、無言のままのなまえへ向き直った。



「そんなんだから、デカい当たり企画を外すんだろう。」

「うっ…」



なまえから聞いた、先月の仕事の愚痴をそのまま返してやった。

微妙だった彼女の表情は苦虫を噛んだようになり、目線を右斜め下へ動かした。



「結婚だ何だと騒いでる暇があったら、次のコンペの企画書くらいとっとと書き上げろ。」

「うぅ…」

「そもそも寂しいからってこんな廃れた店で呑んだくれてる時点で、どうなんだ。」

「ぐぅ…」



なまえの顔が徐々に俯いて、遂に前髪に隠れて見えなくなった。

悪いことをしたとは思わない、当たり前のことを指摘しただけだ。

峯はつんと素知らぬ顔で日本酒を呑んで居た。



「馬鹿、知らない、意地悪、アホ。」



顔を上げたなまえが矢継ぎ早に峯を罵ると

あっという間に8割方残っていたビールを一瓶流し込んだ。

早々に切り上げるという選択肢がなくなった峯は無表情で次のビールを店員に注文し

如何にも面倒臭そうに煙草に火を点けて会話を打ち切った。

テーブルに肘をついて煙草を燻らせながら、安全に送り届けてくれる友人が居るというだけで

十分なんじゃないかとは、言わないことにした。












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