veins






















仕事を終えた後のずっしりと固くなった肩や背中の筋肉を労わりながら

繁華街へ足を向けた、22時。

平日ともなれば飲み屋街は比較的静まり返っているけれど

時折どこかの細く開いた窓から聞こえる喧噪は、どの街も似た様な音をしている。

地方でも聞いたことのあるような気がする、アルコールを孕んだ男の陽気なしゃがれ声。

あの声の主は日本全国、クローンのように津々浦々存在しているのではないだろうか。

くだらないことを考えながら、今日は小料理屋にしようか赤提灯にしようかと迷い

結局バーで軽く一杯、ツマミで腹を満たすことにした。

一杯目はビール、二杯目はウィスキー。

四杯目に手を出す前に帰宅しようと心に決めて、二杯目を6割程消費した頃に

真島がふらりと隣に掛けた。



「よう、お疲れさん。」

「お疲れ様。」



何故なまえが呑んで居る店にわざわざ訪れるのかを、今更もう問わない。

ど平日の深夜に呑める店は結局限られてくるし

同じ街に身を置く人間同士、行動範囲は似通ってしまう。

真島は既にどこかで呑んできたようで、少しだけ鼻の先を赤らめて

ビールを頼もうと手を伸ばし、そうしてなまえと同じウィスキーを頼んだ。



「若い女がうろつく時間とちゃうで。」

「あら、私に会えて嬉しい癖に。」



店員が置いていったウィスキーを、真島は乾杯もせずに喉に流し込んだ。

なまえが茶化すように言うのを鼻で笑って煙草に火を点ける、

真島の表情は眼帯の所為で捉えられなかった。



「デートくらいしとけや、今の内に。」



真島と何となく知り合い、時折店で会えば飲むようになって暫く経つ。

その間なまえに浮いた話もなければ、真島からちょっかいを掛けられたこともなかった。

自分はまだ若いと言い張る癖に、なまえの事を頻繁に若者扱いしてくる。

気が付けば会社では、もう中堅のポジションになっていた。



「そうねぇ、片想いって辛いのよ。」



なまえも汗をかき始めたウィスキーをちびりと舐めて、煙草を咥えた。

随分昔に、真島の事が好きだと伝えた時も真島は笑って受け流した。

宵の口、冗談の延長だった嘘でも本当でもない気持ちは、言葉だけ二人の間に挟まったまま

会えばこうして、お決まりのやりとりをするようになっていた。



「なんか、良い匂いするね。真島さん。」



紫煙の通り過ぎた鼻梁を真島の肩へ近づけて匂いを嗅ぐ。

如何にも人工的な石鹸のように甘い、粘膜にへばりつきそうな匂いがした。



「風呂入ってきたからな。」



はぁ、なるほど。だからこうして今日は大人しいのね。

真島に似合わない石鹸の匂いに、ソープの看板がちらついて合点が行った。

なまえがわざとらしくむくれて見せたけれど、その目はニヤニヤと笑っていた。



「妬いちゃう。」

「なんでやねん。」



真島と寝たことはないけれど、真島と出会ってから誰とも寝なかったかという訳でもない。

仕事絡み、行きずり、友人の彼氏、そのどれにもカテゴライズされない人。

ちょっと色目を使えば寝る相手には困らない女と

金を出せば寝る相手には困らない男なら

どちらが不幸なのだろうと一瞬哲学的な思想が過る。



「恋してる人が他の女を抱くなんて、悲しくって泣いちゃうわ。」



グロスのまだ残る唇をつきだして、細く長い紫煙を吐き出す。

わざとらしい口調の文句に真島は面倒臭そうにウィスキーを口に運んだ。

会社では一応、仕事のできる女として通っている。

パッと見キャリアウーマンらしいキチンとした服装をしていて、酒は好きだけれど

酔って正体を失くしたりなんてことは、滅多にしない。

そんな人間程性的に奔放だなんて、やっぱり羊の皮を被った狼は実在するのだ。

真島は氷を指で弄びながら、阿保らしいと呟いた。



「おぼこでもあるまいし、寝言は寝てから言うモンやで。」



煙草をもみ消した真島がちらりと横顔で目線をこちらに寄越した。

カウンターに肘をついた、猫背のなまえからしてみれば

座っているだけでも見上げる真島の表情は、なるほどやっぱり疲れて見えた。

顎を手の甲に乗せたまま、鼻で笑って煙草をもみ消し

上目遣いのまま、あら。となまえが視線を外した。



「初恋よ。」

「阿呆。」



ゴロン、と大きな氷がグラスの中で揺らいで話の終わりを告げる。

互いに明後日の方向を見ながらちびりちびりとウィスキーを舐める耳に

BGMのサックスの音がゆるゆると響く。

良い曲だなと思ったけれど、きっと三杯目を飲み終える頃には忘れているだろう。

そうして店を出る頃には真島とのくだらないやりとりもきっと、忘れているのだ。

















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