男に振られた悲しさを紛らわせようと、愛車を走らせて東京湾の見える埠頭までやって来た。

元彼があまり良い顔をしなかった、愛車の単車のカバーは埃を被っていた。

バイクを走らせて小一時間、ただの商業埠頭にはせいぜい古びた自販機が弱々しく灯っている程度で

なんでこんな所にやって来たのか、自分でもよく分からない。

それでも何もせずに帰宅するのは何だか癪で、錆びた鉄製の柵に腕をかけて

煙草に火を点けた、なまえの背後に車が停まる。



「こんばんは。」

「こんばんは。」



鳴く子も黙る、ゴールド免許。

人身事故も対物事故も、18で免許を取って以来一度も起こしていない。

駐車違反も速度違反も、捕まったことはない。

それでも埠頭にぴたりと停まった、あれは確かにパトカーだ。



「違反、してないけど。」

「勘違いすんな、あれは俺の愛車だ。」



どう見ても白と黒の、あまり良い気持ちのしない車の側面には

警視庁の文字が見て取れた。

谷村はパトカーですら私物化しているのか、本当にやくざな警察も居たものだ。



「こんな時間にこんなトコで、女一人で。職質されてもおかしかねぇだろ。」



煙草に火を点けながら、谷村がなまえの隣で柵に凭れる。

黒く見える海は昼に見たらきっと、ドロドロとした緑色なのだろう。

潮の香りより強い、どぶの匂いがする。



「ドライブよ。」

「はぁ、男に振られた定番コース。」



へらへらと笑う谷村の情報網が恨めしい。

誰にも話していない悲しい恋の結末を、ただの男友達でも知っているなんて

情報化社会の弊害を嘆きたくなる。



「バカヤローとか、叫びに来たの?」

「古風な男ね。」



二人が吐き出す紫煙は、潮風に煽られてすぐに空中に紛れて消える。

別れ話を持ち掛けられた時は、そりゃ泣いて縋って馬鹿野郎と叫びたくもなったけれど

国道を南下して居る内になんだかどうでも良くなって来た。

今やすっきりさっぱり、自分から別れ話を切りださなかったのが不思議なくらいだ。

私たちはとっくに、終わっていた。



「やるよ。」



組んだ手の指先にこつんと固いものが当てられた。

よく冷えたアルミ缶の感触に、きっとすぐ近くの自販機で買ったジュースだろうと思った。

喉が渇いているわけではないけれど、谷村の意外な優しさに感心しつつ

礼を言ってプルトップを開けると、炭酸の抜けるプシュウと小気味良い音がした。

なるほど、サイダーか。気が利くわね。

そう思って一口飲んだ、なまえは咳き込みながらも中身を飲み下してしまった。



「ビールじゃん!」

「そうだよ。」



なまえが涙目になりながら突っ込むのを、谷村がしれっと受け流す。

状況は明白、バイクで埠頭に着いたのはもう日付が変わった時分。

近所に電車の駅もなければバスなんてとうに終電を迎えている。

阿呆と罵るなまえに、谷村は何の返答も寄越さなかった。



「飲酒運転幇助って罪になるのよ。」

「だから俺も車で来てんじゃねぇか。」



へらへらと笑う谷村の顔がこっちを向いて、そういえば今日はひとつも笑っていないことを思い出す。

明らかに笑える状況ではないのだけれど、今日は色々、本当に色々あって

ついついなまえもへらっと笑ってしまった。



「バイク乗らないでしょ。」

「明日取りに来いよ。」



無責任な発言をしながら、谷村が海に吸殻を弾き飛ばした。

このようにして東京の海は汚れていくのだ、嘆かわしいことだと思いながら

なまえもまた吸殻を東京湾に投げ捨てる。

じゅ、と煙草の火種が水に落ちる音が聞こえる様で聞こえなかった。



「送ってってよ。」

「マジか、しょうがねぇな。」



何の躊躇もなく運転席側へ回る谷村がなまえを待つようにくるりと振り返った。

こういう時、元彼は助手席を開けて待っててくれた。

なんだか急速に馬鹿らしくなって、なまえは肩の力を抜くと

本日2回目の笑いを浮かべて助手席に乗りこんだ。













溜息の無い








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