夏火






















行きつけにしていた小さく錆びれたスナックに通うのをしばらく止めてみた。

最後に来たのは2、3ヶ月前。

マスターは久しぶりだねと笑って迎えてくれた。

ここの所あまり飲んでなかった、芋焼酎は懐かしい味がした。



「おう。」



しばらく経つとやっぱり佐川が現れた。

マスターが連絡したのか、どうしてなまえが店に来て居ることを知ったのか

問い質すのは野暮のような気がした。



「しばらくじゃねぇの。」

「久しぶり。」



佐川と知り合ったのも確か、ここと似たようなスナックだった。

水割りに肴は要らないなまえと違って、佐川は日本酒と炙りものなんかを好んだ。



「彼氏、出来たんだって?そいつはおめでとう。」



おしぼりで顔を拭くなんて如何にも中年男性然とした仕草の後に

冷酒の入ったグラスを傾けて乾杯を促してきた。

呑みかけの水割りの口元を軽く合わせてやりながら、なまえは小さく頷いて流した。



「聞いた所じゃ、取引先の御曹司らしいじゃないの。玉の輿ってやつか?」



カウンターに肘をついた佐川が、いつもの調子で畳みかけた。

他人の色恋沙汰になんか興味もない癖に、佐川はこういう時いつも饒舌で

なまえは特に反応しないまま煙草に火を点けた。



「今日はデートはねぇのかよ。付き合いたてじゃ、今が一番楽しいだろう。」



一口吸って、わざとゆっくり紫煙を吐き出す。

顔の右側に佐川の視線を感じながら、煙草を挟んだ右手を顎の下に据える。

灰皿の中をちらりと見たマスターは、まだ替える必要もないのに新しいものを置いて

なまえが1本吸殻を入れただけの灰皿を片手に店の奥へ消えて行った。



「あなたの悪癖よね。私が上手く行ってる時に茶々を入れるの。」



佐川は、決して真面目ではない。

マメでも、几帳面でも、気配りのできる男でもない。

彼を形容するに相応しい言葉はたぶん、執拗とか固執とかの方が合って居る。

なまえがもう一口煙草を口に運ぶと、店の中に重たい沈黙が漂った。



「そりゃ、お前、そうだろう。」



一層低くなった佐川の声が耳元で響いて、するりと彼の指がなまえの顎へ伸びた。

指先の力だけでなまえの顔を佐川へ向ける、その間なまえの表情は少しも変わらなかった。

思ったより近い佐川との距離に、こんな香水をつけていたかと思ったけれど

たぶん違う、これは女物の香水の匂いなんだろうなと理解した。



「お前だけが幸せになるなんてそんなこと、許されねぇだろう。」



言い切ると佐川はなまえの唇を強引に奪った。

特に抵抗もしなかった、なまえの所作にはきっと佐川も慣れている。

焼酎で少し甘かった口の端に、ピリリと辛口の日本酒の味がした。

佐川は決して真面目ではない。

だからなまえも決して、恋人が出来たのは嘘だなんて吐露する程には

真面目でもないのだから不思議なことだ。

















可愛がられて撫ですられて








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