paume















日中やたら忙しく、ろくに食事も摂れていないどころか携帯の充電器を探す時間すらなかった。

帰宅してやっと充電器に繋ぎ、電源を入れる。

カラカラに乾いた喉に水道水を流しこみながら画面を見ると、凄い数の着信が来ていた。

大吾からだ、と気づいたのと玄関の扉が開いたのは同時だった。



「…なんだよ。」



多少息の切れたような大吾はなまえが目を丸くしているのを見ると深い溜息を吐いた。

髪が少し乱れているのをそのままに、彼は断りもなく部屋へ上がって来た。



「電話くらい取れよ。」

「忙しかったのよ、仕方ないでしょ。」



威圧的な物言いに、ついなまえの口調もきつくなる。

少しムッとしたような彼が歩み寄って見下ろすと、なまえは自分の身長を低く感じた。



「どこに居たんだ、何してた。」



昨日は平日、明日も平日、そして今日も平日。

一介のサラリーマンにとって当たり前に訪れる憂鬱な平日の最中に、どこへ行って何していたと問われても

出てくる答えはひとつしか持ちえない。

少なくとも、真面目な社会人であるなまえの日常なんて決まっている。

それでも大吾の問い詰めるような訊い方が気に入らなくて、なまえは不機嫌に顔をしかめた。



「如何でも良いでしょう、あんたの子供じゃあるまいし。」



彼の肩書は知っている、だからこそなまえは大吾を問い詰めたりはしない。できない。

大吾も大吾で、業務内容についてをなまえに打ち明けることはできない。

お互い心配がないかといえば嘘になるだろうけれど、ある程度の覚悟がないと彼と交際を続けることは難しい。

それに今日は酷く苛ついている、大吾の自分勝手な心配症はなまえの気を悪くさせた。



「なんだよ、その言い方。」



珍しく語気が強いなと思った次の瞬間には左腕を掴まれた。

危うくグラスを落としそうになった右手は、すんでの所で落下を免れた。

ぐいと強く引っ張られ、あぁ、打たれると覚悟したなまえは奥歯を食いしばったけれど

大吾を見据える目は瞬きをしなかった。

無音の時間が5秒、10秒と流れ、捕まれた左手首の力がゆるゆると緩むと

睨みあった大吾の眉間からふと皺が消えた。



「…すまん、悪い。」



ふと緊張の解けた彼の顔には安堵と、ほんの少しの後悔が滲んでいた。

その表情になまえも睨みあげた目を解かざるを得なくなり、肩の力を抜いた。



「色々あって…、心配したんだ。本当に。」



それだけだ、と続けた大吾はなまえの手首をやんわりと掴み直した。

徐々に体温の戻って行く指先に、あぁ、こんな所まで緊張していたのかと自覚する。

なまえの手から力が抜けると、彼は何かを確かめるように頬を擦りつけた後

掌に唇を押し当て、何度も小さくキスをした。



「うん、わかってる。」



正直なところ、何も分からない。

今日に限ってどうして大吾がこんなに切羽詰まって心配をしているのか

どんな世界が今彼を包み込んでいるのか、彼が何と戦っているのか、勝利したのか負けたのか。

それでも、心配をかけてしまったということだけはなまえにも分かった。

右手がグラスを置いて、ゆっくり大吾の髪を梳いてやる間も

彼はずっと掌にキスを続けた。



「束縛したいとか、そういうんじゃないんだ。それだけは、知って置いて欲しい。」

「うん、大丈夫だから。」



背伸びをして大吾の首に腕を回し、胸に顔を埋めた。

彼の左腕がなまえの腰を強く抱き締め、いくつかの布の向こうに心臓が動く音がした。

深く息を吸いこんで、存分に彼の匂いを感じながらゆっくり目を閉じると

掌に柔らかい唇の感触だけが、妙に現実的に感じられた。
















prev next



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -